人質となっている人達の家族への嫌がらせ


 件のイラクで人質になっている人らの家族に対し、嫌がらせが相次いでいるらしい。
何でも、「自業自得」とか、「自己責任」という言葉を合い言葉にして昼夜を問わず。
また、ネットの掲示板などでも、そう言った類の発言が多い。
余りにも易々と想像出来るから不必要かも知れないが、ソースはこれ。


 えーと、何だ。
暇で、下らない事に懸命になる莫迦って多いんだな。
その時間、オナニーしてる方がまだ健康的だわ。取り敢えず性欲は昇華出来るし、何よりも人に迷惑かけないしな。


 「自己責任」「自業自得」というのなら、家族関係無いだろう。
まあ、家族の態度が日毎に変わってきていると言う印象、その態度が人の感情を増長させるだろう事は俺も分かるけれども、でもそれは疲れや、焦り、俺達が想像出来ない様な要素も絡んでいる事も鑑みねばならない。


 話を戻すが、責任は自己に帰す訳だ。その本人に直接言うなら兎も角として、家族なんざ言わば他人。
その他人にどうこう言った所で是非もない。他人だから責任が無い。
そう言った、至極単純な事が自称善人の方々ってのは分かって居られるのかね?
分かってねえから阿呆みたいな事に熱心になるのだろうが。


 付け加えて言うのであれば。
解放される、と報道されてから24時間を経過した現在でも、その消息は明かではない。
そして、この現段階に於いて、自己責任であるとはいえ、仕事で行ってるジャーナリストを除いた少なくとも二人は自分の信念に基づき行動していた訳だ。まあ、結果がこうだが。
信念の無いものが、また、行動していない者がその事をどうこう言う資格は無い。
更に、まだ何も分かっていない−そう、情報は断片的に流されたけれども、本質的な事は何一つ分かっていない状況下に於いて、推測だけで物事を決めつけ、そしてその曖昧な決めつけに従って無関係な他人様に迷惑を被らせると言う事は、阿呆のする事であって良識を持てる人間のするべき事じゃあない。
身の程知らずにも程がある。


 確かに、彼らには渡航自主規制無視と言う「愚」があるだろう。また、この事件が壮大な自演であったにせよ、また、連行された者達の不注意が招いた事にせよ、それは後に、総て明らかになってから、その当人に対して糾弾の方向が向くべきだし、責任を追及すべきだ。
もしその当人が嫌がらせを受けている、と言うのであれば、状況に拠っては「それ自分の撒いた種だしな」と思えるかも知れん。
しかし、今行われている嫌がらせは単に、その家族に対し贖罪羊(スケープゴート)の役目をさせているだけだ。しかも役になど立たないのに。


 まあ想定するに、難癖付けている者共の多くは、単に、行き場のないフラストレーションを善行という名を借りて解消しようとしているだけに過ぎない程度だろうが。
尤もその時点で、イラクに行ったボランティアなどを誹る資格は無い。
これは先日の5日に俺がまとめた、「偽善について」で論じたのと同じ事だ。人が人を偽善と誹る事は出来ぬし、意味がない。(この議論は今新たにするつもりはない事を明示しておく。)
その無意味さと、そして無自覚の悪意。無自覚だからこそ、他人を明らかに傷つけ疲弊させているのに気が付かない。タチが悪い。
自称善人がこれらの事に気が付くのは、果たして何時。


 ふと思ったのだが。
もし、仮に拉致されたのが彼らではなく、自衛隊員や外交官、或いは政府関係者やNHK取材班が斯様に拉致され、そして自衛隊の撤退を突きつけられたらどうなるのだろう。
政府の反応は、矢張り強固に揺るがないのであろうか。
国民の反応、特に善人の方々の反応は、矢張り「自己責任」「自業自得」に終始するのだろうか。
そうで無くてはならんだろうが、な。さもなければ、明かな矛盾を臆面もなく晒す事になる。


 因みに、これは自己責任じゃないだろう、と言われるだろうから反論しとく。
社会としての責任は上役(政府や上司、或いは部署)と言った、所謂責任者の責任になるだろうが、最終的には自己責任に帰結しますよ。
本当に行きたくなければ、職を失ってでも行かなければ良かった。にも関わらず、選択したのは自分自身。そうでしょう?
自己責任とは、そう言う事。自分自身で決定した物事に対し、責任を持つと言う事。