サイレン、つうゲームをやってるのだが。

 「サイレン」つうゲームを弟に買わせて遊んでいた。
なんだか良く分からんが、日本の片田舎で突如大発生したゾンビみたいのから逃げるゲーム。
プレステ2という機械の画像の綺麗さが手伝って、廃墟−と言うよりは廃村−の感覚はかなり本物のそれに近い。
実際、俺は岐阜や長野、それから北海道の廃村、廃墟に赴いた時の事を思い出した程だ。
まあ、俺は実際には大方、廃墟は陽光差す中に赴くのに対し、ゲームのは怖いのを盛り上げる為に薄暗く、また霧掛かって居るのだが。
夜とか天気が悪い時に行ったら怖く見えるのは当たり前。幽霊の正体見たり枯れ尾花。
燦々と陽が照る最中に見るから詫び寂びの風情があるのだ。


 話が逸脱したが、そう言うゲームしてたんですよ。
ただね、どうにも俺、肌に合わないらしくって。
何しろ油断すると開始5秒でジ☆エンドですから。


 まず一つに、敵は生き返るけど俺生き返らない素敵不条理ファンタジー
いくら「オラオラオラ」とブッ叩いても暫くすればまたのほほんと歩いてやがる。でも俺、あっさり冥途に行く訳よ。
いや、生き返るって設定ならしょうがない。でもそれが、恐怖を呼ぶのではなく煩わしさしか呼ばない。
また、何度も倒されてリトライを繰り返して学習していくんだと思うけど、倒されすぎて逆に、「迫る死の恐怖」が希薄になる。


 二つ目に、猟銃持った狙撃ゾンビが居るんだけど、そいつすっごい名手で。絶対オリンピック優勝出来る位。
ナイトスコープも無いのに、離れて隠れている俺様めがけて凶弾浴びせやがるんですよ、所持弾数無限大で。
将に「魔弾の射手」。それがわらわら居る。いつから日本は銃がそんなにありふれるようになったんだ。


 第三に、敵、倒すじゃないですか。
倒した敵は縛って、武器は拾っておくのが基本だろう。川に投げて捨てるとかさ。
そう言う事しないから、後で同じ奴に殴られたり狙撃されたりするんですよ。


で、最大のポイントは、自由度が高いように見えて実は攻略本とか無いとクリア出来ない、いやらしいパズルのような点。
若しくは詰め将棋ならぬ、詰めバイオハザード
また、おまけとしてサブシナリオがあって、それを探す為に見つけづらい所や、一見意味のない行動を取る、と言うのならまだしも、そうしないと先に進めないってのもあるから煩わしい。
普通、例え廃村であっても石碑を倒したりするか? しないだろう。余程の罰当たりでもなきゃあね。
「リアリティ」が売りらしいが、実はこれらのように全然リアリティに欠ける側面も多い。
で、何しろ不条理に難しい側面があるから、ストーリーを楽しむ感じじゃあない。


 このゲーム、すっごい惜しいんですよ。
廃墟感は非の付けようが無いし、話の下敷きも『「津山30人殺し*1』をモデルにしてる辺りの影響か、陰鬱な感じはある。
他にも「八百比丘尼(やおびくに)」の伝説とか盛り込んでたり。
なんだけど、どうせならもっと民俗学的な匂いをプンプンさせるべきだった。ベースとする伝承の類なんて幾らでもあるし。
因みに、恐怖は言われてるほど感じませんよ。どっちかって言うと、間違えて操作する恐怖感かな。
全然ホラーじゃないけど、寺山修司の映画「田園に死す」っての方が、より「らしい」感じ。


 また、一番もったいないのが操作感の悪さ。
○ボタン押したらアクション、そんだけで良いじゃん。一々、○押して、次△押して、とかやってる間に敵に見つかったり、或いはボタン間違えてみたり、そもそもギミック見つけられなかったり−また底意地が悪い所にそう言うのが置いてある−。
操作レバーも、ちょっと力の入れ具合間違えるとすぐダッシュしてしまって、見つかって狙撃。
そう、なんか全般的に不親切。画面も暗すぎて、すぐ道に迷うし。地図には自分の位置表示もねえし。
ま、それをリアルと言われたらぐうの音も出ないが。


 コンセプトは、鬼ごっこ&隠れんぼ。
それは解っているものの、やっぱり俺は「信長型」なのだろうか。
「鳴かぬなら 殺してしまえ 不如帰」
あ、俺は鳴かせてみせてから、だな。


 と、文句垂れつつもまた今日もやるんだぜ、俺。

*1:横溝正史の「八つ墓村」のモデルにもなった事件