咄嗟のドイツ語が出てこない

 先日、また大井競馬場でイベントの案内をしてきた。
内容に関しては以前書いたので詳細は割愛するが、軽く説明するとレースとレースの間、お客さんを抽選で馬車に乗せる。その手伝いだ。
この仕事、時間が長い上に金が安いのは変わらない。まあ、それでも寝てるよりは良いとやってきた訳だが。


 今回、普通3度ある馬車タイムの内真ん中の回は特別招待客貸し切りとなった。
客は、ドイツ大使館の外交官ご一行様。恐らく接待のようなものなのだろう。
それを知りぽつりと「粗相があってはならん」と呟いた所、注意される。
それはそうだよね。お客さんにはどの人も変わらない訳だから、外交官だからと言って丁寧な対応をするのではなく、遍くお客さんに対し丁寧な対応を心がけねばならないのだ。
嗚呼、そうだよな、と反省している所に丁度、外交官一行の到着。


 彼らは日本語が分からず、通訳の人が常に横にいた。
俺は「Guten abent(ドイツ語でこんばんはの意)」と挨拶をし、馬車に案内。何やら記念写真を6枚撮ると言うので、そのまま俺はカメラマンとなる事に。
…えーと。では撮りますよ、ってどう言うんだっけ?
頭の中に何も単語が出てこない。無言で一枚シャッターを切った所で、これじゃダメだと思う。
2枚目、苦肉の策として「Twei!(ドイツ語で2の意)」と叫び、指を2本高く上げて合図する。
3枚目、「Drei」と声を出した所で、向こうも「Drei」と声を合わせてくれた。お、何とか通じた?
4枚目、「Vier!」と言いつシャッターを押したが、何か向こうではざわざわとしている。あれ、俺間違えた?
しかし、彼らがざわついていたのはカメラから写真が出てこなかったかららしい。慌ててフィルムを交換し、改めて指を4本上に掲げVierと叫ぶ。
5枚目ともなれば彼らも陽気に「Fuenf!」と俺よりも先に声を上げてくれる。有難い。
最後、6枚目にSechsとお互い声を上げシャッターを切り、Danke schoenと礼を述べて馬車の出発。


 内馬場からコースに出る為の埒を開け、いってらっしゃいと見送るのだが、またここで俺の語彙の貧困さが。
いってらっしゃいって、なんて言うんだっけ?
英語だと「Have a good time」? ドイツ語だとHave=habeだから…などと考ても文章が完成する訳じゃなく。
結果、普通に日本語で「いってらっしゃい」ですよ。


 別に俺はドイツに留学してたとかって訳じゃないし、ドイツ語だって得意って訳じゃない。
寧ろ大学では4年も掛けて−普通は2年−単位を履修し、担当教官からは「君、今年も来たの?」「先生、今年もヨロシク!」などと巫山戯た挨拶をしていた様だ。
けどね、やっぱり或る程度はやった訳だし、何よりも、コミュニケーションを取れない自分に腹が立つ。
一方で、通訳の人みたいにちゃんと聞けて、話せるのを羨ましく思ったし、歯がゆくもあった。


 よく話に聞くけれど、外国人と相対して頭が真っ白になってパニックになって慌てると言うような事は、俺は多分ない。
その意味で、度胸はあるのだ。
無いのはボキャブラリーと経験。そしてそれこそが、俺を悔しがらせるもの。
だったら勉強しろ? そりゃあごもっとも…。