スロ打って差別意識を考える

 今日も今日とてキングパルサー打つ。
やっぱ安定して勝て、そして負けても大火傷をしないのは良い。
そりゃ、やっぱり十万勝ちとかしてみたいけど、そこまで引きも強くないのは自分で分かってるし。
と、最近の台に押され始めて閑散と始めたした島で一人、おいしいゾーン狙いをして、カエルがケロケロ鳴く毎にカマーン、などと心で叫んで居たのだったが。


 徐にちょっと離れた台におっさんが一人座り、こちらまでボタンを叩く音が聞こえる位粗暴な感じで廻し始めた。
さほど時間も経たない内に、向こうからカエルが連続でケロケロ言うのが聞こえる。
この台は、普通はケロケロ言いながら出てきたカエルは、すぐに池に帰ってしまってそれきりなんだけど、5連続でカエルが登場などの演出が起これば鉄板。
更には、カエル鳴く>ハズレ>カエル鳴く>子役揃う>カエル鳴く、といった感じで間が一つくらい挟まれていても猛烈にアツい。
だから慣れてくれば、台に確定のランプがつくタイミングも何となく分かる。
所がこのおっさん。カエルが帰るたびに台を叩く。それ4連目だから殆ど入ってるってのに。
案の定、次のゲームでカエルが歌を歌い始め、確定のランプがついた。
おっさんは自分で7を揃えようとせず、台の上の店員呼び出しランプを押し、店員に押させた。


 このキングパルサーは、当たったらその後128回転以内に連チャンする確率が実に7割もある。
だから、ツボにはまればさくさく当たる。勿論、3割は128を超えてはまってしまうのだけど。
どうやらこのおっさんはツボにはまったらしく、極めて短時間で連チャンしだした。
そして、告知される毎に店員を呼び出して、無言で指差し揃えさせる。
他人事ながら失礼な奴、とは思っていた。
そう思ったのは、彼の容貌も手伝っていたかも知れない。
妙にダサいジーパン。ジーンズでもデニムでも無く、ジーパン。
裸足の上に、踵が履き潰されたスニーカー。
よれよれの、なんだかよく分からないガラのシャツ。


 店員も彼に尽きっきりに居る訳でもない。他の台のトラブルを見たりもしなきゃならない。
呼び出ししてもすぐに店員が来なくなると、そのおっさんは俺の方にやって来た。
丁度俺は大当たりの最中で、気が付かぬ振りをしていたが、肩を叩かれてはそんな訳にも行かぬ。
彼を見ると、卑屈な笑みを浮かべながら自分の台を指差す。
基本的には俺は底意地が悪いので、「あれが、何か?」と問うと、ボタンを押すジェスチャーをする。
まあ、しょうがないか、と嫌々な素振りを出しつつ、レバーを廻し、中、右だけ揃えてやって、「左は見えるでしょう、あとはご自分で揃えなさい」と言い、手のひらを向ける。
所が、またも卑屈に笑いながら、「7」とだけ言う。ああ、こいつは自分で揃えようと言う意志がないんだ。
そう悟ると、ぶっきらぼうにリールを止め、振り返る事無く自分の台に戻る。


 こいつにスロット打つ資格なんて無い。
例え自分で揃えられずとも、何とかやってみて、それでもどうしても駄目で頼んできたなら俺はその助けとなる。
けれど、最初っからそれを放棄して居ては、何の為にスロ打ってるか分からない。
基本的には、自分で「777」を揃えた瞬間にこそカタルシスがあるのだから。
しかも、無言で指を差すなんて。物を頼むには例え相手が誰であっても相応の態度がある。
そんな風に妙に憤慨しつつ、しかも大当たりを終えてまたすぐにカエルがケロケロ言い出したので、俺はまた当たりかよ、と若干の嫉妬も抱いていた。
確定ランプが点灯する前に、俺は逃げるように珈琲を買いに出た。


 珈琲を飲みながらちょうど携帯に来たメールを読んでいたら、彼も外に出てきて電話し始めた。
どうやら、中国語で何かを大声で話していた。って、あいつ中国人だったのか。何故か不快になった。
そして自分の台に戻り、何故俺が不快になったのかを考えていた。
俺は、彼が中国人だから不快になったのか?
いや、違う。そもそも最初から不快感を持っていた。
では何故、中国人と分かってから更に不快になったのか。それが欧米人や日本人だったら話は変わったのか。
それも考えてみたら変だ。第一、中華街に行っても不快にはならない。


 まず俺は、その情報を知る前から、彼に対して容貌などの点からちょっとした不快感を抱いていた。
そして、彼が俺よりも低い投資で、連チャンと言う高い利益を上げている事に嫉妬、羨望している事実がある。
更に、態度などに憤りを感じていた。
また、最近よく聞く中国人等のアジア人による犯罪の増加や、その手口等に対して感じていた嫌悪感が存在する。
それらを総て綯い交ぜにして、「中国人」という一つのカテゴリーに当てはめて、差別意識を持つ事で俺は優越感を得、自分の安定を図ろうとしたのではないか。
もしそうだとするのなら、俺は極めて醜く、危険な思想を抱く所だった。
それに、俺のその「情報」でさえも、単なる一面でしか無い。一を以て十と為すような真似はしてはならない。
嫌悪感や不快感自体はどうしても感じてしまうものだから是非もないが、それを広げてしまってはならない。
それら嫌悪感はあくまでも個人に向けられるべきで、枠を広げ何にでも該当させてはならない。


 何とか128回転でぎりぎり当たってくれた大当たりを再び消化しながら、そういえば、以前にも同じような事を思ったなあと思い出し、一人苦笑いを浮かべる。
それでも、こうして思い出し境界の内側に踏み留まって居られている事自体は意義がある。
そう、自分に言い聞かせて再びカエルの鳴くのを待ち始めた。
程なくする内に、隣に一人の若者が座った。
そいつは、俺の台からケロケロ鳴き声がする度に思いっきり台をのぞき込んで来た。ちら、と目を流すのではなく体を傾けて。
先程、俺はカエルが連続して鳴くとアツい、と書いた。
思いっきり期待度の高いゾーンを打っているのだから、そりゃカエルもケロケロ言う訳で。
4連続で体傾けられた時には、次鳴くのが分かってるから、レバー叩く前に傾いて来る辺りに肘や拳骨でも置いておこうかしら、とさえ思った。


 そして、分かった。
日本人だろうと中国人だろうと鬱陶しい者は鬱陶しい。嫌いなものは嫌い。
そこに国の差は無い、と。
不躾、無遠慮、非礼、無教養。
そんなカルテットを奏でる者は何処の国にも居るだろうし、そしてそういった者を見たとて、それを拡大解釈してはならない。
俺は改めて、それを胸に刻んでおこうと思った。
下らない差別意識を持って、自分自身を知らず知らず貶めないように。