キちゃってる人との邂逅

 ま、特に大した事じゃ無いんですがね。


 電車に乗っていて、エキセントリックな人物(俺的用語では「キちゃってる人」)と出会う事は、まあ誰でもあるだろう。
駅名をずっと復唱していたり、唐突に何処かから飛来した電波を受信して中継してくれていたりとか。
突然に殴りかかってくるとか、そう言う実害が無ければ別に差程困る訳では無いのだが。


 今日、電車に乗って、そこそこ混雑した車内で徐に雑誌を取り出し、読もうと思っていたら、駅で乗り込んで来た壮年の男が、俺に紙をかざした。
「右出口」と書かれた紙を。
そして、俺の眼をのぞき込んでくるのだ。


 右出口、て。
それを俺に見せてどうしようと言うのだ。
しかも俺が居た側は、進行方向を向いて左側なのだ。
違いますよ、此方は左側ですよ、と言えば良かったのだろうか。


 俺が対処に窮して眉間に皺が寄り、結果凶相となるや、その男は周りの乗客にちら、ちら、と、その「右出口」と書かれた紙をかざした。
刑事ドラマで、警察官が警察手帳を見せる時の様な感じで。
周りの乗客もまた、俺と同じようにリアクションに窮していた。
俺の降りる駅になったので、俺はこれ幸いと逃げる様に電車から降りたのだが、あの男は、俺が降りてからも「右出口」と書かれた紙をあらゆる乗客に示していたのだろうか。


 つうか「右出口」って何だ。
そしてそれを紙に書く理由、人に示す理由は何だ。
まあ、俺如き凡人には分からぬ境地なんだろうが。分からなくても全然OKだが。否、寧ろ分かりたく無い。