ナメクジ、口に入る

 (膝を着き乍ら、涙声で)「安西先生…仕事*1が…したいです。」
コニャニャチワ、Wacremaっす。相変わらずスラムダンク面白れー。


 と、強引にテンションを上げては居るのだが、実は今なお、最悪の気分で居る。
そもそも、色々な原因が重なりあって起こった出来事ではあったのだ。
夕食が白米ではなく、キノコの混ぜご飯であった事。
足が疲れてたので正座して居らず、あぐらをかいて居た事。
行儀悪く、新聞を読みながらご飯を食べ、幾度かご飯をぽろぽろと零した事。


 飯を食いつつふと、また何か零したような気がして足元の辺りを見ると、茶色い、小指の先ほどの物がズボンの裾に付いていた。
−あ、いけね。キノコ零した。
そう思って人差し指の背に乗せた時に、一瞬冷たくひやっとした感覚を覚えた。
何の疑問も抱かずにそのまま口の中に運び、舌先で舐め取ろうとした矢先に、天啓としか言いようのない、「危険危険!食ったら駄目!」と言う感覚が頭の中に舞い降りてきた。
同時に、それを舐め取らないように歯は指を咬み、舌はそれに伴って奥の方へと引っ込めた。筈だったが。


 俺が、指を強く咬んだその拍子に、指の背に乗っていたその「モノ」は口の中に転がり落ちた。
本能でそれを直ぐさま吐き出し、俺の尋常ならざる様子に親も驚いて、共に吐き出したモノを見てみれば。
一見、キノコの欠片。
でもそれは緩慢に動き、うね、うねと体を(よじ)らせていた。
小さなナメクジだった。


 ギニャー!ギニャー!ギニャー!
と、藤子・A(アナーキーのA)・不二雄の漫画に出てくるキちゃった人の様な悲鳴を上げて、洗面所にダッシュイソジンを使ってうがいをする。
ナメクジの冷たく、粘りけのある感触が口に、残像の様に残る。
それを払拭しようと必死になってうがいを続ける。


 いや、確かにナメクジは漢方や、民間療法で、主に喉・気管支の薬として使われてきた。
大体は乾燥させたり、黒焼きにした後に服用していた様だが、稀に生のまま服用していた事もあったらしい。
だが、生のナメクジには様々な病原菌と、それから広東住血線虫と言う寄生虫を体内に飼っている。
特にこの広東住血線虫は厄介なもので、元々人間はこの線虫の宿主では無いから感染する確率は低く、もし感染しても成熟出来ぬ侭に大抵は感染後まもなく死んでしまうのだが、稀な例として虫が中枢神経に入り込むと神経症状を起こしたり或いは感染した人が死ぬこともある。
まあ、年に1、2例程度の発症しか報告されてない様だから、あまり過敏になってもしょうがない所ではあるが、軽視するようなものでもないだろう。
口には入ったけど、噛み砕いて飲んだ訳でも無いし。口の中に居たの、精々0.3秒程度だし。と強引に自分を安心させる。


 実はちょっと以前に、夜中電話しながら缶コーヒーを飲んでいたら、いつの間にか横に置いた缶にナメクジが這い登って来て居り、思いっきり手で潰してしまった事がある。
その時も矢張り、ギニャーと叫びつつも飲む前に気が付いて良かった、と思って居たのだったが、あの時の感触と言い、そして今回の感触と言い、確実に、俺に新しいトラウマを植え付けた事だけは間違いない。
嗚呼、全く以て、全く以てFuck'inだぜ、こんちきしょう!
つうかなんなのさ、あいつら!もう殺す。取り敢えず殺す。挨拶がてらに殺し切る。
…こんな事とかあったんだから、そろそろ俺に幸多かれ!頼むよ!


追記 広東住血線虫についてもう少し詳細を記しておこう。


 本来、広東住血線虫はアフリカ南東部のマダガスカル島に生息するものだったが、2000年の前半に沖縄を中心に9例が報告され、例年に比べて多かったのでマスコミなどにも取り上げられて話題となった。現在、日本各地のネズミやナメクジから寄生が確認されている。
感染は、ネズミ類、アフリカマイマイやカタツムリ、ナメクジ類、ジャンボタニシ、カエルやエビ類(待機宿主と言う)に寄生している幼虫を口に入れたり(経口感染)、傷口などから体内に入る(経皮感染)事で行われる。
人間に感染した場合、脳や脊髄の血管や髄液の中に寄生し髄膜脳炎の症状を起こすが、幼虫自身は成虫になることなく死滅する。


 発症は、潜伏期(幼虫が体内に入ってから症状が出るまでの期間)の後に激しい頭痛、発熱、顔面麻痺、四肢麻痺、昏睡、痙攣、神経異常などの髄膜脳炎の症状が出現すると言われている。
人体に侵入した広東住血線虫の幼虫は、約1ヵ月で死滅すると考えられている。
潜伏期は、経口で12時間〜3日と短く、経皮は約2週間である。
現在、特効薬の類は無く、症状を緩和しつつ線虫が死滅するのを待つ事がメインとなるが、余程の重症感染でない限り致命的になることも無い。



 予防法は、カタツムリやナメクジ、タニシ、カエルなどを生で食べない事。火を通せば安全だが、東南アジアなどこの病気が多い地域ではこれらのものを口にしないほうが安全だろうと言える。
ナメクジが良く付く野菜や果物を生で食べる場合には、流水で十分に洗い、井戸水や蓋の開いた貯水槽の水を直接飲むのは避ける。
また、カタツムリやナメクジ、それにカエル等にはむやみに触れない事。
このようなものに触れた後には、日本本土では感染する危険性はほとんど無いとは言え、よく手を洗う事が肝要となる。
いずれにしても、手や食材、調理器具を良く洗う事と、加熱調理する事で殆ど防げるだろう。


 ま、どんな事にも言えるのだが、危険だからと過剰反応するのではなく、如何にしてその危険を避けるか、その危険と付き合うかと言う事が大事だろう。
因みに俺がナメクジ殺すって言ってるのは危険故の過剰反応ではなく、ムカつくから。

*1:仕事の代わりにお金が欲しいと換言しても可。