歯医者にて思う人体の不思議

 缶コーヒー「ジョージア」のTVCMを見るたびに、(はらわた)の中にドス黒い感情が巻き起こるのは、抜かれた歯の神経が疼くからでしょうか。


 ハロにちわ。Wacremaです。あの中途半端な宝塚みたいなCM見て苛っと来るの、俺だけじゃないよね?
企画原案出した奴とか出てる奴らとかガン首並べさせて正座、然る後に説教したいの、俺だけじゃないよね?


 余談はさておき、行く事になりましてよ、歯医者。
歯が痛いのも厭なんだが歯医者に行くと言う行為自体も厭、と子供のような我が儘を心の中に抱きつつ、タウンページで調べ予約して行ったは俺が何時も行くスロ屋のド正面。ま、これは偶然なんだけどさ。


 入って驚いたのだけど、最近の歯医者てハイテク。
レントゲンをまず撮られたのだが、機械が頭の回りを回転しつつ撮影してて、まるでハリウッドの映画のようだなと思いつつ診察台に戻ったら、そこにあるPCにレントゲンの写真が映し出されてるし。
簡単な画像補整の出来るデータベースソフトみたいなので患者情報を管理しているみたいで、見ていてとても便利そう。なんか知らんけど俺もこのソフト欲しくなる。


 写真が出来てからも暫く、前の患者に手こずっているようで先生が現れす、俺は自分のレントゲンをひたすら眺めていたのだったが、余りに俺が熱心に見ているので看護婦(歯科衛生士って言うのかな)のおねえさん−ショートカット・目ぱっちり・色白・細身・巨乳と言う或る意味最強の看護婦−に、退屈でしょう、テレビにしましょうかとPCでメディアプレイヤーを起動されかけたのを止めさせ、尚も自身のレントゲンに見入る。


 これが歯の外郭、中央に通っているのが神経、薄く色づいたのが恐らく歯肉だろう。と、すると、その歯肉の下に走っている葉脈のようなものが血管かしら。
一人目を細め色々と分析していた所で先生が来たので、一礼し診療してもらう。


 その間、痛みから意識を遠ざける為に思索に耽る。
考えてみれば、俺達は、余程病院に行ったりする人でなければ自分の体の中がどうなっているのかを余り知る事が無い。
外側から見る体ではなく、構成している体。
自分がどう構成されているか、なんて実はなかなか分からない。


 「人体の不思議展」という展覧会があって、それが開催されると何時も大入りになるのだが、それも見に来る人の動機も大概は、そんなものがあるのではないだろうか。
もちろん、グロテスク趣味で来る人も居るだろうけれども、あの大勢の人達が皆グロテスクな目的で来ているとも思えん。
いや、グロテスクな目的もそもそもは、人体に対する興味を内包しているとすれば、一概にグロテスクとも言い難い。


 昔は、「衛生博覧会*1」という催し物があって、やはりそれも大層な人気を博したらしいのだけれども、それらを見に行く人も、それから人体の不思議展を見に行く人も、そして自身のレントゲン写真に見入っている俺も、本質では何も変わってない様な気がする。
結局、科学が進歩しようとも俺達は、思った以上に自分たちの事を知らず、そして、その事が俺達を知りたいと言う欲望に駆らせるのではないだろうか。


 今日の分の診療が終わり、抜いたと言う神経を見せて貰った。
シャーレの中に、なんだか小さな、そう、イトミミズのような物体があって、それが俺の様々な感覚を受け取るものであるようには、矢張り到底思えなかった。
そんなとても小さな、そして変な物体でも鋭敏に知覚する神経。その素晴らしさったら。
麻酔が切れ始めると、抜いた筈の神経が疼き、その痛み毎に、俺は自分の体の不可思議さ、訳の分から無さを思っていた。