自衛隊派遣に賛成」は0点と言う教育

愛知の県立高校の、日本史のテストの時間にこんな事があったという。
ソースはこれ。以下引用。

 愛知県の県立高校の3年生で実施された日本史の中間試験で、イラク戦争に関する考え方を問う記述式の設問があり、自衛隊派遣に肯定的な解答をした場合、配点を0点とする一方、否定的な解答をすれば5点と評価していたことが24日、分かった。
県議会文教委員会で公明党の小島丈幸氏が質問した。県教委は事実関係を認めたうえで、同校に対する指導を徹底すると答弁した。


 県教委などによると、中間試験は先月に行われた。日本史担当の教諭が、自分が担任するクラスだけを対象に通常の試験問題以外に、「イラク戦争についてどう思うか」と問う記述式の問題を課した。
試験後、教諭はクラス全員に対し、解答例と配点を記したプリントを配布。そこには「自衛隊派遣に賛成」と記述したり、設問自体に疑問を示すような解答は「低俗な例」で0点。逆に「派遣に反対」などと解答すれば、「模範解答」として5点を配点すると記されていた。


 生徒や保護者から苦情が県教委に寄せられ、問題が判明。県教委の指導に対し、教諭は試験の成績とは別に平常点として加味する考えだったと説明したうえで、「点数は加えない」と約束したという。


 県議会で県教委高校教育課長は、教諭本人と直接会って指導する考えを表明。伊藤敏雄県教育長は毎日新聞の取材に対して「教師の考えを生徒に押し付けるもので、設問は一方的な偏見を持たせる。教育の中立性を再認識するよう各校に伝えたい」と話している。【伊藤一郎、浜名晋一】

毎日新聞 2004年6月25日 3時00分


 すごいね、この教師。これでも歴史の先生なんだ?
自分のやってる事が実は、彼らが一番いやがる「君が代斉唱強制」と全く同じである事に気が付かないのかしらん。
多分、これが正義、みたいに思ってんだろうねえ。


 歴史に於いて、「正しい戦争」なんてものは恐らく存在し得ないと思う。
戦争に於ける効能という側面、例えば科学技術の発展であったり、人口の抑制と言うものがあるのは解るけれども、それでも過去のあらゆる戦争に於いて、正しい戦争とかってのは有り得ないものであると俺は思っている。
そして、その戦争を引き起こす様々な原因のうちの一つが、こういった類の思想、思考方法なのではないかと思う。


 と、言うのは結局、「色々な考えをする人が居る」事を想像出来ず、「他者を認めない」と言う排斥に繋がるからだ。
このニュースでは「自衛隊派遣に賛成ならば駄目」であったけれど、それが行き着く先は「ユダヤ人だから駄目」「愛国心を持っていないから駄目」。
言ってる事が違うだけでやってる事が変わらない。
低俗、と言っている自分が低俗。


 この教師がすべきだったのは、「自衛隊派遣についてどう思うか」を問い、そして何故そう思うか、では反対の意見についてはどう思うか、と言う事をクラス全員で議論させるべきだった。
相手の意見をゴリ押しで封じる事を目的とするのではなく、相手の言い分を聞き、それを踏まえた上で論理を展開するという訓練をこそ、教師としてさせるべきことだったのだ。


 この訓練は、実際には国語の範疇に入るものだろう。
しかし、論理によって導く事は、ありとあらゆる学問において必要不可欠でもある。
歴史だって、「なぜそのような出来事が起こったのか、そして何をもたらしたか」と言うものの積み重ねだ。
その流れを知る事が歴史を勉強することであって、年号や事件をいたずらに覚える事が勉強じゃあない。


 教師、と言う職業はどうしても聖職と見られがちで、良く物を識ってそうで、偉そうだけれども。
その実、こういった「大したことの無い人間」が先生をしているってのは案外と多いのではないか。
犯罪を起こすような教師の増加も問題があるけれど、そもそも何も分かってないような人間にものを教えられる子供達が不憫ったら無いな。
結局、日本では教育というもののあり方が、上からものを押しつける−知識にしてもそう−と言う形がポピュラーである以上は、あまり多くも望めないのだろうか。
それってやっぱり、何か違うと思うのだけれども。


 ま、「ならお前がやれ」って言われても、出来るかどうか解らん以上、俺も無責任に言葉を吐いてはいるけれど。
ああでも、この教師よりは上手くやれそうな気はするよ。