任務:交通量を調査せよ

 前回の任務時に「この会社だけに仕事を請け負うのは拙い」、そう思った俺はまた別の会社に登録をして仕事を紹介して貰う事にした。
二つめの会社は横浜にある会社。事務所も大きく、何よりも対応が丁寧であった事が足を運ばせる要因になった。
給料は翌週末払いで、最初の会社のように仕事帰りに寄って金貰って帰るという気楽さは無いのが悔やまれる所だが。


 そこで募集していたのは、日吉でのドライビングシミュレータのテスト要員という物だった。
時間は僅か2時間。で、5千円近い給与。これは行くでしょ。
早速登録を済ませざっと仕事の説明を受ける。
テスト、と言うけれどもどちらかと言えば被験者。で、本当は1週間近い期間受け付けていたのだけども、被験者と言う都合上、その一週間の期間の内いずれか一回しか出来ないらしい。
金の算段が狂ったが、1回でも美味しいと言えば美味しいので改めて申し込みをする。


 仕事までの日時はまだあったので、正直どうしたものかなと思っていたら、丁度そこで「このテストのお仕事以外に、翌々日に交通量の調査の仕事があるんですが、それをしては頂けませんか?」と言う話が来た。
やったことは無いけれど、少なくとも重い物持って腰を患う事も無いだろう、と承諾する。


 当日。朝からとても強い風が吹いていた。寒いだろう故に下にはタイツ、上にはババシャツを着、軍用のコート(俺が愛用してるグレーのロングコートではなく、ボアのフードがついたショートコート)を羽織り、更に万が一を考えてスノーボード用のズボンを畳んで鞄に仕舞い、横浜市内の集合場所に赴く。
既に集まっている何人かに挨拶をすると、小さく気の抜けた様な返事が幾つか返ってきた。まあバイト的な感じではある。
まだ全員集まって居ないようだったので煙草を吸いつつ待機していると、次第に人が集まってきた。
集まるのは良いが、何で券売機の前に佇むかな、邪魔になるだろうに。
また、寒さを想定して厚着をしているのは俺と、もう一人慣れた感じの人だけ。要員は女の子が多いが、男女いずれも薄着。それじゃ絶対冷えるだろう。


 程なくして全員が集まり、徒歩でちょっと移動し、クライアントの説明を受ける。
これも、一番上のクライアントは道路公団だが、それを別の会社が受け、更にそれをこの会社が受けたものらしい。
で、肝心の仕事内容は、「走行する車のナンバーを読み取り、記述していく」事だった。車種を特定する為の番号だけでなく、大きな数字も含めて。
俺はてっきりかちかちとカウントするものでやるのだと思っていたし、風も強いからコンタクトにして来なかったのだ。
拙い、見えない。さすがに慌てる物の、3人でチームを組むと言う事になって一安心。俺のチームは全員男。他は男女混合で華やかだなあと若干羨ましく思いつつも、見えないから俺は書き手に回ると告げる。それならしょうがない、とメンバーも快諾してくれたので助かった。


 交通量調査は早朝より開始される。
まだ通勤のラッシュが始まる前から一定の場所に陣取ってパイプ椅子に座りながら、ひたすらカウントしていくのだ。
俺のチームは横断歩道の島のど真ん中。そこからある一車線を走行する車全てのナンバーを読み取る。
3人、と書いたが、実はその内一人は必ず休憩している。拘束時間12時間の内、実働は8時間。残りの4時間分は各チームで自由に配分して構わないらしい。
飯は1時間欲しいから、あとは1時間やったら30分休憩というローテーションで行こうと提案、メンバーもそれで行こうと快諾。
一人を早速休憩に回させて、0700任務開始。


 隣の相棒(服はおしゃれ)が案の定寒い、と震え出したので、良かったら使いなよとボードのパンツを渡す。
とても感謝されるので、いや、たかがバイトで風邪引いても厭だしね、と返す。
走行量がまだ少ないから、暇も多い。その間、他愛の無い雑談をしたり、また風が強いので、目前を行き過ぎる登校や通勤の人達のスカートがめくれそうになる。
その度ごとに「惜しい!」だの「白!」だの思春期の学生の様なリアクションを互いに取る。この辺りの気楽さは男だけのチームで良かった。極めてリラックスしながら任務を遂行していく。


 やがてすぐに、最初の休憩の時間になった。
そりゃ、1時間なんてすぐなのだけれども、本当に時間が経つのが早い。30分の休憩を貰い、煙草に火を付けたものの、まだ店は開いていないし手持ち無沙汰なること甚だしい。
しょうがないので横断歩道のボタンを信号が変わるたびに押し(そうすると当然信号が変わって車が止まり、計測を休める)ていたり、物陰に隠れて携帯のゲームに興じていたり。
だが、30分と言う時間は結構短い。あ、もう交代かと戻り、別の相棒とまたしょうもない話に花を咲かせつつ任務を続ける。
ただ、そのしょうもない話の中で、相棒が「車がバックして見える!」と言い出したので、凝視させる事で目に負担与えてるのかも、と、俺の観測パート参入を真剣に考える。
とはいえ、見えないものは見えない。どうするか。見えるようにすれば良い。
早速、俺は次の休憩の時間に、100円ショップへと走り、双眼鏡を買った。


 ところがこの双眼鏡。
確かに遠くのものは拡大される。が、ピントが暈けていて見えない。さすが安物、中国製。
「安物買いの銭失い」と言うのをこれ以上ない程示している。
男3人で見えねー、とか(拡大されるのに見えない事を)不思議ーなどと騒いで居れば、もう飯の時間だ。


 午後からは風も少し収まり、また陽は春先の日差し。車の量も最盛期よりは少ない。
ずっと書き続けるのは辛いけれど、ちょっとやれば休憩、というのも妙な安心感はある。穏やかに時が過ぎゆく。
余裕が出れば色々と考えるのが俺の癖で。
こんな記述させるよりも、テンキーで入力させた方がどんなに早い事か。また確度も増すだろうに。
そもそも、この依頼は書き損じや漏らしがあってもしょうがない、と言う感じであったが、それではデータとして確度が薄れる。また、車種のみならず、書き損じや書き漏らしのリスクを踏まえた上でいちいち大きな数字(33−64とか書いてあるやつ)を記させるのは如何なる理由に拠ってか。
否、これは情報の精度よりも、一定の金額を人件費として使う事が目的で、だから確度そのものにはあまり拘って無いのではないか、などと考える。
いかんいかん、どうもクライアントが国絡みだとそう言う方向へと考えが至ってしまうね。


 気が付けば辺りは暗くなり始め、俺以外のメンツもさすがに暗くてはナンバーが読めない状況になってきた。
物理的に読めないものを書け、と言われたとてそれは無理な事。
「トラックだから(車種が)1ぽい」「あれはタクシーだから5」などと、大きい数字を書くことを最初から諦め、車種番号だけを100%勘だけで記入。この辺りのいい加減さも、男だけのチームの特権だろう。往々にして女の子は真面目だからね。


 そうこうしている内に任務は完了。
拘束時間が長いから貰える賃金も割と多めだし、何よりも今回は天候、相棒達に恵まれて非常に快く任務を遂行できた。
相棒達に、「今日はありがとう、また会ったときはよろしくね」と礼を述べ、俺も帰途に着いたのだった。
こんな事ばかりだったら、楽だし有難いのだけれどね。