任務:チラシ配布を監督せよ

 早朝4時半、目覚ましのベルが鳴る。まだ周りは夜の帳さえ明けぬ暗闇。
今回の任務はJR東海の新幹線通勤定期を勧めるチラシの配布。ただ、それは俺が配るのではない。俺の任務は配る人達の配置を指示し、また監督するリーダーの任務である。
そう、さしずめメタルギアソリッドで喩えれば、CIAとか大統領が大元のクライアントで、軍上層部が派遣会社、そして俺が少佐の役割。


 横浜郊外のベッドタウンに到着し、暫し待った然る後、傭兵達の女の子が到着。
まずはチラシを搬入し、指示を出して様子を見る。
しかしこの駅、外観だけは立派だが、実質的に利用する客の数がさほど多くはない。朝のラッシュ時なのに、人の流れが絶える事さえ屡々。
他の電車と連絡する訳ではないし、ターミナルとなるようなところでもない。結果人の数は少なくなる。
当初、2500枚配布で100%になるチラシの内、午前中に700枚程度、午後に1000枚程度配布出来ればと思っていたのだが、どう見積もっても足らない。
しかも、実はこの仕事朝の7時から8時半と、夜の6時半から8時までという極めて短い時間なのである。
時間的制約、それから配る対象の絶対的な数不足と言う困難に早くも直面するWacrema少佐。


 当初、セオリー通りに駅のA口とB口とに分けて人員を配置していたが、B口の方はバスがやってくる時しか利用客が居ない上に、どうも降りてからダッシュで駅に向かう人が多いので受け取って貰えていない。
人員の配置などは全て一任する、とCIA(クライアント)から許可を得ているので、メインゲートとなる所に全員を暑め、線で結ぶとWの字になるような感じで配置。配布人員の間を小さくして密度を高める事で、より受け取らせ漏れなないように。
また傭兵の彼女たちばかりにさせて居ては俺が楽ばかりしている、と思われるだろう故に、少佐自ら手にチラシを持ち配布する。


 …なんかねえ。「おはようございまーす!」て声出すの、俺だけ。否、実際には他の傭兵達も声は出しているんだけど、蚊蜻蛉が鳴くような声なのね。
で、更に、配布対象が居たら或る程度動いて配布したりするじゃないですか。中心の立ち位置があるとして、そこから或る程度動いて手渡し、また戻ると言うような感じで。
彼女たち、殆ど動かないんですよね。だから結果的に、配った人数/時間で考えると俺が一番配ってる感じ。
いやそれでも、朝のメンツは良くやってくれたと思う。彼女達の声が小さい分は俺がカバーしていたし。


 仮眠して夕方の部、ですよ。問題は。
メンツは殆どがらりと入れ替わり、中には初めてと言う方も。
彼女らは至って真面目そうで、慣れ不慣れという問題はあれど、それ以外では信頼して任せておける印象。
一人来ていないので、少し様子見する間に軽くレクチャーするも、いつしか作業開始時間。おーい、未だに一人来ないぞ。
上層部に連絡し、その人の電話に連絡を入れる。すると、駅に着いているという。他の人は既に始めさせているので、迎えに行ってくると断って探したところ居ましたよ。全然違うとこに、
「他の皆さんはもう始めてるので、ちょっとだけ急いでくださいね」と急かしてものたのたと歩く。
ジャケットを羽織らせる時も、被ってる帽子−しかもなんかおしゃれっぽいやつ−を取ろうとはしない。
「申し訳ないけれど、帽子は取ってください」と強い口調で言えば「どうしてもダメですか」と宣う。
そこまで固執する理由は何ぞ。ファッションか、はたまた別の所以か。
問うと、「肉体的理由」であると言う。詮索するのは野暮なので、仕方ないとGOサインを出したが。
そう言うものであるならば、せめてヘアバンドなり地味な帽子なり、バンダナなり他の代用策があっただろうに。
しかも、ね。作業中、知り合いと思しき人と遭遇して立ち話ですよ。流石に看過出来ないので、「申し訳ありませんが今は作業中なのでご遠慮願えますか」と叱る。


 結局、夜の方が人は居るだろうと言う目論見は砕け、枚数としては朝よりも少ない500枚弱、トータルでも半分以下と言う成績。まあ、これは俺達の責任ではなく、このような辺鄙な所を選んだクライアントのミスではあるけれど、少し悔しい。
ただ、状況を鑑み速やかにそれを反映し、人員を配置していくと言う仕事はとても面白かった。
配置によって効率は天地の差が出る。頭を使っている、とはお世辞にも言い難いけれども、何も考えずに適当に配置して任せておくのとは目に見えて効果が違う。
その思考する課程と結果の反映。それは非常に興味深かったし、一種のやりがいを感じた。
ま、自己満足なんだけどね。