任務:某財閥系研究所に潜入せよ

 今回の任務は某財閥系研究所への潜入、及び家具の搬入。潜入て、ほんとに潜入する訳じゃないけどね。
当初家から近いという理由だけで選んだ仕事だったが、クライアントの大手っぷりにちょっと驚く。
集合してワゴンに乗り込み、いざ目的地へと着いてみれば、そのセキュリティの高さったら。
まず入り口で全員、身分証明を提示した上で入館証を貰い、更にそれを別のところで別の入館証と換える。
また、カメラ付き携帯やIT機器は総て没収される。


 はじめは単なる研究所だと思っていたのだけれど、そのセキュリティの高さには必然が有った。
どうもここ、軍事関係の研究もしているようだ。
実際に、敷地内には軍事用の車両が並んでいたり、また壁に貼ってある社内報には、「防衛宇宙営業一課」などという冗談のようなものもある。
なんだ「防衛宇宙営業課」って。何を営業するんだ。


 他にも色々と面白いものはあって。
ある部屋はシミュレーター室、と書いてあった。そこはかつて俺がドライビングシミュレーターのテスト要員として仕事をした部屋のように、円筒状の巨大なスクリーンがあったのだが、置いてあるのは車ではなく飛行機のコックピット。
また、別の部屋にはモニターを数台使って簡易シミュレータのようにしたものもある。キーボードの前には操縦桿が取り付けられており、コンピュータは別の冷蔵庫程もあるコンピューターに接続されている。
そのコンピューターにはSGIとロゴが打たれていた。…シリコングラフィックススーパーコンピューターですな。いくらくらいするんだろう。
つうかこのフライトシミュレーター、絶対普通の航空機のものじゃないですよね。普通の操縦桿にはミサイル撃つ装置なんて無いですからね。


 そんな事を考えながら椅子を作っては配る。
研究所の職員は、基本的にラフな服装で、スーツ姿の人を見かける事が逆に希だ。
そんな人達が、椅子の配布が始まると我先に争うようにして、かつおそるおそるとやってきては嬉々として椅子を受け取り、はしゃぎながら調節したり椅子に座ってくるくる回ったりしている。
いい大人が何やってんだ、と思うと同時に、なんだかその滑稽さが微笑ましく感じられる。
言うまでもなく、この研究所にいる人達は殆どが技術系で、恐らく大学も東工大とか筑波とか、そう言うところで院まで行った人達が多いだろう。言わばインテリの最右翼に位置する人達。
そんな人達がたかが椅子一個に子供のようにはしゃいでいる様子を見ると、人間て中身はあまり代わらないのかな、とも思う。
決して彼らを莫迦にしたり、或いは己の卑屈さなどのネガティブな感情からではなく、寧ろ好意的な見方として。


 仕事としても、やはりどこかのほほんとした空気が流れている。
とにかく怪我をしないよう気を遣ってくれたり、多少時間が掛かっても構わないから、丁寧に、安全にしてくださいねと声を掛けられたり。
どこぞの段ボール作る所とは正反対。やはりこれは文化度の違いなんだろうか。
人の内面は自ずから顕れるものだが、それは顔つき、態度などでも顕れる。
そして、そう言う雰囲気の中では決して手を抜こうとか思う事はない。寧ろ逆に、頑張ろう、と発破を自ずとかけてしまう。
結果、仕事は予定よりも格段に速く終わったりする。
実際に、この仕事も2日間有る内、両日ともに予定よりも数時間早く終了してしまった。
それは単に時間を余裕を持って計算したから、と言えなくもないが、その余裕を含めて計算する事もまた重要。
なんでもカツカツでやるのとは色々な意味で楽だ。


 仕事が早く片づいた所為も有るのだろう。ニコニコ顔の担当の方に「またご縁がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します」と丁重に礼を述べ、厳重なセキュリティを抜けて研究所を後にした。
恐らく、殆どの人達はこのような所に入る事さえ出来ないだろう。また、そう言う所で職に就くにしても、狭き門であるのは言わずもがな。
そんな所に、日雇いのフリーターと言う身分とはいえ入ることが出来、そしてほんのちょっとだけど色々なものの裏側を見る事が出来、そして色々な人々を知る事が出来たのは幸いだ。
綺麗事ばかり言うつもりはないし、この身分自体に常にある種の危惧感と、それから飢餓感を抱いているけれど、それでも色々なものを知る事が出来るのは、楽しい。
こう思えるのはやはり、あの研究所の人達の作用が今も働いているからなのだろうか。


追記:今回写真が無いのはそう言う訳だ。せめて研究所の外観でも、と思ったが、とてもじゃないが隙が無かった。