任務:ティッシュを3千個配布せよ−後編

 前日から引き続き、馬車道近辺でのティッシュ配布。
昨日、ノルマの66%を既に達成しているし、動線や時間なども知っているから気分的にはとても楽だ。
しかし、たかがティッシュ配りとは言え、単に数を捌けば良いってものでは無いだろう。
お店の宣伝である事を(おもんばか)れば、なるべく広範囲に配布し認知させるのが望ましいだろう故に、今日は敢えて午前中、地下鉄馬車道近辺で配布する事にした。
近辺には省庁もあるし、オフィスもある。関内と比べると人の数は減るけれど、朝のラッシュではあるから相応の数は捌ける。
計算通り、10時までの段階で300程度を配布し、そしてこの後は暫く人通りが無い事も知っているから−まして、関内のような駅ではなく馬車道と言うちょっと奥まった駅である事も鑑みれば余計に−、暫し人通りが復活するまでの間に移動。
誰も来ない所でぼけーっと突っ立って居るのは無駄以外の何物でもない。それよりも、少し経てばピークが必ずやってくる。その時に如何に多くの人に、かつ昨日とは違う人達に認知させるかが鍵だ。


 店からさほど遠くなく、そして昨日とはまた違う場所にて配布再開。と言うと何だけど、要は昨日配った大通りの反対側なんだけどね。
はじめ数人程度の歩行者が、11時を過ぎる頃から増え始め、そしてランチタイムになると満潮になった時の潮のように。
機を逃さず、網を張る。
黙って差し出していては受け取って貰う率は低いけれど、「こんにちは」と明瞭に声を掛けると人はこちらを一瞬注視する。続けざまに「××です、よろしくお願いします」と声を掛ければ7割の人は差し出したティッシュを手に取る。
そしてそれに続く人は、心理的作用からか連鎖的に続々と、そして黙々と受け取る。
試しに声を掛けないでいると、やはり配布率が格段に落ちる。受け取って貰えないから連鎖も起こらないと言う悪循環に陥る。
これは非常に興味深い。


 とかやってたらランチタイム最中に弾切れ。寧ろこれからなのに、と思うものの、それはそれ。
店に戻って、終了報告をすると。
暫く、店の人が電話したあげく、「申し訳ありませんが、別の店舗でも配布してるのでそちらを手伝ってください」と。
おいおい、話が違うぜ。
事務所と連絡を取ると、「どうも、そんな配布出来る訳無い、と思われてるみたいです…。申し訳ありませんが、定時までその別店舗を手伝ってください」と指示。
まあ、もともと定時までするものだしな。しょうがない、と、指示された別店舗まで移動。


 そこは関内の職安の真ん前。店の前では一人のバイトがティッシュを配っている。
そういえば、俺は久しく職安来て無かったな、と後ろ暗い思いをするものの、今はそんな事思ってる時じゃない。
「応援に参りました」と挨拶をし、店の前でのみの配布かと問うと、そんな事はない、との返事。
いくつ余ってるかと問えば、あと1000以上だって。俺が6時間で達成した数字を、こっちは10時間近くかけているのか。
苦戦が予想されるが、あの配ってるバイトもやる気なさそうだし、効率悪そうだしな。
取りあえず30分休憩してください、との事だったので、ではお言葉に甘え外で軽く何か食べるついでに、動線の確認をして参ります、と外に出る。


 ここは関内から最も遠い海っぺた。地下鉄が開通したとは言え人の数は関内近辺には及ばない。
しかし、何もない訳ではなく職安や神奈川県庁など省庁も近い上に、オフィスもある。人通りは相応にある。ん、大丈夫。
休憩後、俺が選んだ場所は店から程近い交差点。角には銀行があり、そこに出入りする人達も多い。
「3000個配れる訳がない」などと勘ぐられナメられた侭じゃあ終われんよ。どこまで行けるか分からないけれど、やるだけやってみる。


 っておい。
ここ普通に良いペースで捌けるぞ。ランチタイムは疾うに過ぎてるけれど、人通りが絶えないし、交差点で信号待ちする人に挨拶をして渡せば逃げられないし。
あのバイト、どうしてここで配る事を思いつかないんだろ。
たかだかティッシュ配りで有能無能言いたくないけれど、精々50m歩けばこんな良い漁場なのに。
結果、俺は1時間ちょっとで500個配る事に成功。その店の総配布は計、2700程度との事だったから、俺は倍近いスピードだったと言う事になる。
ちょうど時間になったので意気揚々と店に戻った矢先、急に大粒の雨が降り始める。まるで俺が仕事を終えるのを待っていたかの様に。


 お疲れ様でした、と店に挨拶をし、雨宿りをしながら駅まで歩く。殆ど濡れる事なく電車に乗り込み、窓をみれば、夕立の雲の合間から太陽が顔を覗かせ、陽光と雨とが降り注いでいて、その雨が陽光にきらきらと反射してとても綺麗だった。
電車を降りれば、陽光差す雨上がりの空に虹が架かっていた。