任務:某薬局の棚卸しをせよ

 メインで使用していた派遣会社が派遣事業から撤退することになり、代替となる所を探していた。
そこに本当にタイミング良く、サブで使用している派遣屋から仕事の依頼が入った。
かつて此処でも書いた、ドライビングシミュレータの仕事や交通量調査の仕事など、面白い、または楽な仕事を斡旋してくれる所なのだが、如何せん仕事量が少ないのと、翌々週払いである事の不便さからあまり多用はしてこなかった所。
そこから急遽、夜勤で入ってくれと。
夜勤であること、にもかかわらず賃金が安い事に不満はあったが、そのタイミングの良さは「仕事しとけ」と言う神の声にも近いものを感じ取ったので、了承し任務に就く事にした。


 仕事内容は「棚卸し」。
棚卸しと言うと、在庫の交換のような印象があるけれども、実は在庫チェックの仕事。コンビニやスーパーにもあるバーコードリーダで商品のコードを読み取り、数をカウントして入力していく仕事。
必然、店が終わってからまた始まるまでの間に行わなければならないし、また、店の不正をチェックすると言う側面もあるからミスは許されない。速度はもちろんだがそれよりも確度が重要な仕事。


 夜8時、横浜の郊外の駅に集合。なんだかとても不思議な感じがする。これから仕事、という感じがしない。
それは単に習慣からくる印象のギャップにしか過ぎないのだが、どうも仕事を始めると言うよりは飲みに行くから待ち合わせ、という感じがしてならない。
時間になり、メンバーが集まると、そこからタクシーで移動となった。
行き着いた先は横浜とは到底思えぬ田舎の薬局。そこの屋上駐車場でクライアントと合流し業務開始。
俺達バイトの中にも一人女性がいたが、社員のメンバーにも女性も数人交じっていた。どうしても夜勤と言うと男の仕事、という刷り込みがあったが、最近では夜勤にも女性が進出しているのね。男女雇用機会均等法の影響か。


 業務を始めた頃はそのバーコードリーダの扱いに慣れるまでは大変だったけれども、慣れてくれば特に大した事もない。
棚の下の方を読み取る際にしゃがみ込むから立ちっぱなしと言う訳でもないし、足腰にもダメージはない。
店舗内での作業だから寒い事もないし、店の人が気を利かせて有線を流してくれている。
うわ、すげえ楽。そんな事を思いつつ気が付けば日付が代わっていた。
程なくして飯休憩。俺はさして腹が減っていた訳では無いが、食っておかねばと近くにあるコンビニに行き、インスタントラーメンに湯を入れ戻る。
屋上にあるクライアントのワゴン車は社員が占拠しており、到底俺達が入れる雰囲気ではないので、やむなく真っ暗な駐車場の片隅に腰を下ろし飯を食らう。


 往々にしてバイトが社員から格下に見られる事はある。
それは会社自体の空気として、また社員個人の人格の程度の低さとして、など様々要因はあるが、言葉遣いや態度などで露骨に示される事もあるし、酷いところ−例えば関西に本社を置く大手引越センター*1−などでは暴力を振るわれる事も珍しい事では無いという。
そこまででは無いけれども、やっぱりこういう時に「バイトの人達も良かったら中入りなよ」という言葉を掛けてもらえるか否か、と言う所でも分かるものは分かる。
雨こそ降っていないものの、少し寒さを帯びた強い風が吹き付け、真っ暗な闇の中、手探りでラーメンを啜る。
ふと見れば、広い駐車場の4隅にバイトが座り込んで煙草を吸ったり、携帯をいじっている光が見える。なんだこの光景。


 休憩が終わり、また業務に就いて3時間程した頃、総ての商品のチェックが完了した。
一応、仕事は朝の5時迄という契約だったが、3時ちょっと過ぎに終わってしまった。疲労などまだ微塵も感じていないのに。
普通ならば諸手を上げて喜ぶ所だが、この何もない所で3時に解放されても只困るだけ。社員の人に交渉して最寄りの駅まで乗せてって貰える事になったのだが。
お疲れ様、と声を掛け最寄りの駅に降り立ってみたが、駅前は真っ暗で人っ子一人見ない。
俺と一緒に降り立ったバイトの人は只一言、「ひでえ…」と言ったきり絶句。
居酒屋でさえ暖簾をしまい、マンガ喫茶など24時間開いている店などコンビニ以外皆無。
仕事が終わった開放感を、それ以上の絶望感が襲う。−始発まであと、2時間半。


 有る訳ないよ、と分かっていながら一緒だったバイトの人とさすらうものの、やっぱり結果は空振りに終わる訳で。
かつて友人達と旅行に行った際に、夜中にふと「暇だしこのあたり散歩してみようぜ」と散歩に出たは良いものの、だからと言って何かある訳でもなく、ただ自販機で珈琲などを買ってきて終わった時の事が、既視感として脳裏に浮かぶ。
ひたすら動いても疲労を増やすだけ。やむなく、コンビニで珈琲を買い、風が当たらないような所を見付けしゃがみこみ、だらだらを話をして時間を潰す。
「このあたりの子、どこで遊んでるんでしょうね」
「やっぱコンビニでしょう、俺達がカラオケやクラブに行く感覚で『おう、暇だからコンビニ行こうぜ』って」
「じゃあ、一人の奴とかは満喫行く感覚でコンビニっすか」
「うん、そうとしか考えられないよ。つうかコンビニにも人居ないんだけどね!」
等と。


 それでもなんとか時間を潰す事は出来、何時しか空は白み始めた。
やがて東の空が青紫から橙色へと変化し、朝の訪れを告げると、俺達は駅に向かって戻り始めた。
始発はまだ来ていなかったが、二人してホームのベンチに座り、仕事の疲労感ではないまた別の強い疲労感を感じながら、缶に入った珈琲を飲み干していた。
只、俺は疲れただけではなく、この経験、そして光景そのものに妙なおかしさを感じていたこともまた事実なのだ。
決してネガティヴなものではなく、ポジティヴな印象として。

*1:かつて社員の暴力が原因で死亡事故が起きた事もある