任務:巨人VSロッテ戦観客を整理せよ

 2日間、東京ドームで行われていた巨人VSロッテ戦の場内整理という任務に赴いてきた。
指定時刻に集合場所であるゲートに着くと、50人程度の人が階段に座って時間を待っていた。どうやら、これ全員その仕事に就く人の様だ。
俺も階段の最上段に腰掛け、煙草をふかしていると以前よく使っていた派遣屋での顔見知りが声を掛けてきた。
彼はこの会社に移籍し初めての仕事だと言う。俺もこの場内整理と言う仕事自体は初めてなので、「楽だと良いね」などと話しつ暫し時間を潰す。


 やがて球場内の控え室に案内され、手続きを行った後で事件は起こった。
制服を渡されるのだが、その顔見知りの知人がズボンのサイズが合わないと換えに行き、そして戻った所で財布が無くなっている事に気付いたのだ。時間的には30秒も無かっただろう。
ロッカー(と言うより棚)は、銭湯や温泉施設などに良く見られるような感じのもので、鍵は付いておらず、貴重品は各自が持参する。他の荷物はビニールにひとまとめにして、その棚に入れておく。人数が多いので、棚を複数の人で使う事もあるから、荷物を混同しないようにだ。
狭い控え室で、50人以上の人が一気に入ったものだから室内はほぼ満員、足を踏んだりしないよう他人に憚りつ着替えている状況なので、ひょっとしたら俺の鞄の中などに紛れ混んだかと探したけれど見つからなかった。
恐らく、僅かな隙に盗まれたのだろう。取りあえず支店と派遣先の人間に報告をさせ、帰りの交通費を借りるよう指示し、あとは幸運を祈るのみ。


 任務開始、まずは観客席の掃除。その横、グラウンドでは選手がストレッチをしたり打撃練習などをしていて、たまに打球が観客席にまで来るとホイッスルで警告される。笛の音が応援では無い事を初めて知った。
実際、なんかピーピーやかましいと思ってたら黒人の人(俺の知ってる巨人の黒人はクロマティしかいないので多分クロマティ)が打った球が俺の側に落ち、座席に当たって球場内に響くような凄い音を立てて居た。あんなんに当たったら死ぬよ。高確率で。


 清掃の後、入場開始までの時間休憩を挟み、4時より本格的に任務開始。
指定された所で指定券をチェックするのが本来の俺の任務だ。
東京ドームは全席指定のため、「チケットをチェックしております」と声を掛け、持っていなかったら下げさせるのだが、一度席についてトイレに行き、戻って来る時に「席に置いてきた」という人達も多いから、絶対通してはならないとする訳にも行かない。


 また、チンピラみたいなの(これがまた不思議と結構多い)にチケットチェックを行うと「チケッ&#@?|*!」と怒鳴りながら日本語じゃない日本語を話すので、「失礼しました」と口元だけ笑顔を浮かべて通す。
実は、これは任務前の研修でそうするように指示された事なのだ。無用なトラブルを避ける為、という名目もあるだろうが、以前からも度々ニュースにもなっていた応援団と暴力団との癒着と言う話が頭をよぎる。


 難敵はそればかりではなく。
チケットを裏返し一瞬だけ見せて中に強引に入ろうとするサラリーマンが居て、その行く手を遮り敢えて物腰柔らかくチケットを見せるよう指示し、やっぱり立ち見券だったので「お客様、申し訳ありませんが、そのチケットでは此方には入れません。外でご覧ください」と指定席エリアの柵の外に追い出したり、「強行突破しちゃおうぜ」と言っている若者達を「俺の目の黒い内は絶対通さん」とばかりに睨み付けてみたり、空席となっている椅子を指さし「空いてるんだろ、そこ座らせてよ」と言う中年夫婦を「ダメです」と一喝したり。
ま、気持ちは分かるんだけどね。でも、金払わずに席に座ろうてのも虫がいい話。そうは問屋が卸さん。


 仕事は、ずっと立ちっぱなし、かつほぼ同一姿勢を保たねばならないので足腰に来る。思ってたよりもずっとキツイ。
2回表くらいで20対0のコールド試合とかならないかな、などどうしようもない事を考える始末。
だが、俺達よりももっとキツイだろう仕事をしているのは、ビールなどを売る女の子達。
10キロ以上もあるタンクを背中に背負い、試合中ずっと階段を上り下りしている様は、徳川家康の「人の一生は重き荷を負うて遠き路を行くが如し*1」と言う言葉を地で行く。
目立ちやすい派手なカラーリングの服を着た彼女たちが肩で息をしつつ横を通る際、「お疲れ様です」と声を掛けると同時に、俺もまだまだ、がんばらなきゃと己に活を入れる。
まあ、活を入れた所で考えるのは「もうみんな打たないでいいよ」「ホームランなんか打つな馬鹿野郎、試合伸びて帰り遅くなるだろう!」程度の事なのだが。


 しかし、こうして球場内を見ていると良く金が動いているのが分かる。
観客の殆どがドリンクを手にし、結構な割合でおかわりを買っている。ビールは一杯800円、おつまみや軽食も割高。
一人平均二杯の飲み物を飲み、一個の軽食を食べていたとしても確実に2000円近い出費。更に入場料や指定券の分も合わせると、5000円近くの出費になるだろう。観客動員数がおよそ4万人と考えると、ざっと2億。
もちろん必要経費だ何だと引かれるものがあるだろうけど、4万の人間が自主的に金を落とすシステムと言うのはすばらしい。
どうすれば俺もそのようなシステムが作れるだろうか、などと考えていたら試合終了。
浮かれ騒ぐファンを追い出し、客席の清掃を軽く終えた所で任務は終了。流石に足が棒になった。


 冒頭で語った「事件」は結局解決せず、財布は行方知れずの侭だった。
自棄気味にただ呪詛の言葉を吐き散らす知人を眺めつつ、「あれは俺の姿だったかも知れない」事を考えると自然と身が引き締まった。
奇しくも先日「俺達は日々様々なリスクの上でタイトロープをしている」と記したが、如何にしてそのリスクに備えるか、また軽減させるかと言う事を考える重要性を再認識した。
何が起こるか分からない日常だからこそ、何が起きても良いように。
無論、100%何が起きても大丈夫、なんて事も無いのだけれど。


追記 野球に対するちょっとした感想など。
・どっちがロッテでどっちが巨人か分からなかった。なんか黒いのと白いのが打ったり投げたりしてたよ。
・今まで、距離感が掴めてなかったのだが、改めてイチローって凄いと思った。外野からホームまでノーバウンドで投げるんでしょ?俺なら多分届きすらしないわ。
・とにかくやかましい。
・チンピラ、酔いどれ、一人de解説者など香ばしいメンツが結構多い。
・応援団だけ鳴り物許可てのがあったのだけど、なんか胡散臭い匂いがする。
ま、サッカー嫌いな奴もまた、こういう風に見ているんだろうね。

*1:ただし、この言葉は『人の一生は重き荷を負うて遠き路を行くが如し、急ぐべからず』と続き、『人生は楽しみや喜びがある一方で重き荷を背負うことは避けられず、例えそのような苦しみや辛い思いがあろうと、何も急ぐ必要はない』と言う、人生を肯定的に捉える言葉である事を付記しておく