任務:棄景からの撤収

 過日、午後からの事務移転というものに就いてきた。
普通はこういったものは朝からなのだけれど、あらかた移動はさせてしまい、残った僅かなものを移動させるだけらしく、人数も俺を含めた3人での作業。


 場所は、川崎の海にほど近い、大手自動車の元工場。
この工場は既に閉鎖が決まっており、周辺の町工場などからも音がしない。
解体業者なども含め、まだ幾人かは工場に残っているものの、廃墟となる事が確定している所である。


 建物は人が使わないと急速に廃墟と化していく。
枯れ葉が入り込んでいるエントランス、錆がついた看板、陽炎の立つ駐車場。うち捨てられた黒電話。
所謂、味のある廃墟となるにはまだ相応の時間が掛かるだろうが、役目を既に終えたこの工場は、最早、棄景となり始めている。


 以前に、社会保険事務所からの移転を行った事があったが、あの時も「人が使わなくなる事務所」からの移転だったのに、「棄景」、「廃墟」であるとは思わなかった。
今から考えてみれば、まだ現役の、息がある建物だったからかも知れない。
いや、廃墟自体は決して死を表すものではない。美しい廃墟は言わば、侘寂。
その、もののあはれをこの工場からは感じていた。


 そんなメランコリックな心境で作業をしていた訳ですが。
まあ、仕事自体は特に問題無かったけれど、一人すっごい無能で困った。
俺よりも非力だし、要領は悪いし、話をまとめるのが下手で、何を言ってるかもよく分からない。
でも、それはひょっとしたら、俺もまた他の人からそう見られている事かも知れない。
だから、そう言った事を表に出さず、また態度にも出さないよう、普通に振る舞う事が大変だった。
世の中、色々な人がいる。それを上手に受け入れる事。
それがなかなか難しいからこそ、人は争うのだけれどね。