任務:生コンを運搬せよ 副題名は愚痴

 今回の任務は生コン運び。生コン、即ち生のコンクリート。ボケる気力もありゃしない。
具体的には、リフォームを施工する家の門の前に止められた生コン車からネコ*1と呼ばれる一輪車に載せて庭を抜け、家をぐるっと回って幅1mほどの、柵の無い崖淵の道を通ってその先にある職人さん達の仕事場までコンクリを運搬する仕事。
一人だとキツイので2人でしてもらう、との事だが。一日無為に過ごすより、数千円でも金になれば良い。そう、総ては金の為よ! と己を奮わせて現場に向かったのだが。

08:30 そぼ降る雨の中、集合場所である地下鉄某駅そばのクライアントの会社に到着。会社の人に挨拶をし、待っているともう一人の相方到着。挨拶をするが声は小さくぼそぼそとしており、体つきも俺と同じくらい、細い。
俺も筋力、体力は無いから人の事を言えぬ。お互い細いからあまり無理しないようにしよう、と声を掛ける。


09:00 現場到着、職人さん達と合流。雨の勢いは先程より強い。天気予報では晴れるとの事だったが、こんな天気でもコンクリを打つのかと思っていたら、先に植木用の大きな鋏を手渡され、コンクリを流す所の草を地表すれすれに刈るように命じられる。
変に長いとコンクリから飛び出してしまい、そこから水が入ったり、草が伸びてヒビを入れるかららしい。
鋏を寝かせ、地表すれすれの所をショキショキとリズム良く刈っていたら、相方は何故か鋏を垂直方向に入れて切っている。それじゃ刈れないだろう、と寝かせた方が良く刈れますよと告げると、幾度か鋏を使った後で鋏を脇に起き、数本ずつ抜き始めた。
余計に効率悪くしてるだけなので、「俺が刈りますから切った後のを袋に詰めてください」と見かねて言うと、何故か鋏のすぐ近くで手を入れ刈った草を取ろうとする。危なっかしいので離れる事にする。


10:00 草を刈っていると大きな石がいくつも姿を表し始め、邪魔なのでそれを片付けましょうと言う。
石を裏返すと蜘蛛やら虫やら蜥蜴やらわらわらとはい出してくる。瞬間、「スーパーファミコン悪魔城ドラキュラ」という単語が頭に浮かぶ。
うへ…、と思いつつも片付けていると、相方は「気持ち悪い」と言って触ろうとしない。俺だって気持ち悪いが片付けなければ仕事にならん。じゃ、石は俺が運ぶから、その周りの所を鋏で刈って下さいと告げるものの、09:00の状態にループし、軽く目眩を起こす。
内心、こいつは相当不器用なのか、バカなのかどちらなのだろうと疑問を抱く。


10:30 草を刈り終えたものの生コン車が来ないので煙草休憩。色々相方に話を聞いた所、以前はサービス業に勤めて居たが、会社を辞めたのでこの派遣屋に登録し、今日が初めての任務だと言う。
初めての任務ならしょうがない。誰だって慣れ不慣れはある。尤も、それで総てが許される訳でもないが。


11:00 やっと車が来る。雨も上がり、作業するには何も問題無い。
早速ネコを貸してもらい軽く慣らす。俺もこれは初めてでバランスが取りづらく最初は難儀した。
直後、あまり沢山入れてもバランスが取れないから、と容量の半分程度入れたコンクリを運搬。半分程度、とは言っても水と砂と砂利の塊。50kg位はあるだろう。
舗装されて扱いやすい道は門から庭の中程までで、そこからは悪路を通る。しかも道の後半は崖淵。高低差は2,3mとはいえ垂直に切り立った崖なので落ちたら怪我を免れぬ。
つまづいたり、足を踏み外して落ちないように、かつコンクリを溢さない様に慎重に進み、その悪路の先端にある崖下へとコンクリを運ぶ半筒状のレールに、職人さん達に合図をしてコンクリを流す。


11:10 親方(と呼ばれていた人)から「あんちゃん! 次からあんちゃんがこっちに運んできてくれ!」と指名を受ける。
理由を聞く暇なく、「ありゃダメだ! ボタボタ溢すしふらついて危なっかしい!」と相方のダメ出し。
そんな指名受けたくないのだがしょうがない。
当初の予定を変え、相方がルートの半分程度の所まで運んできたネコを俺が受け継いで流す事にする。
その、受け継ぐ際に相方が壁際にネコを置くと、玄関につっかえ上手く動き出せない。その旨を伝えるがどうやら右から左だったようだ。やむなく、置かれたネコを一度バックさせて方向を変え、発進させると言う流れにする。


12:30 昼飯。会話を相方に振るも反応が鈍い。恐らくコミュニケーションを取るのが不得手なのだろう。
それならそれで構わない、と黙々と食っていたら職人さんに話を振られ、妙に盛り上がる(主に猥談で)。13:15から作業再開。
朝の雨が嘘のように、初夏の日差しが燦々と降り注いでいるが、風があるので心地よい。


14:00 次第に引き継ぐ場所がずれ始め、ルートの半分程度の所だったのが1/3程度の所になっているのに気付く。
その分俺が距離を運ぶ事になる。まあ、長目にバックしてから進んでると思えば良いか、と自分に言い聞かせる。


15:00 流石に疲労の色が濃くなり、汗は流れ泥に塗れ、握力、腕の筋肉がきつくなってきた。
職人さんに「疲れが出始めたな」と指摘され、「まだまだッスよ」と返答するが体は正直だ。
都合良く、リフォームを頼んだ家の人がおやつとアイス珈琲を持ってきてくれたので小休憩。五臓六腑に染み渡る。
ふと相方を見ると、汗ひとつかいてない。ちょっとカチンと来る。


15:30 車の中のコンクリが無くなったので、至急新しく自前で練る事になる。生コンとは強度が違うらしい。しっかり、時間を掛けて練られたコンクリは強いと言う事を初めて知る。
親方が砂利と砂、セメントを買いに行っている間、また休憩。さっきも休憩したばかりだが、休みは多い方が有難い。


15:50 親方帰還。今度から生コンの代わりに、軽トラに積んである砂、砂利をスコップでネコに入れて運搬。
運搬距離は多少短くなるが、一度に出来る量が限られているので往復頻度はあまり変化は無い。
また、スコップですくうと言うのが案外堪える。
そういえば、手っ取り早い体力トレーニングとしてひたすら穴を掘ると言うものがあった、と思い出す。
当然、もう受け継ぎしなくて良いので、相方にも砂を入れたりするように言うが、一度にすくう量が俺の1/3位、かつ、倍の時間掛かる。遅いと職人さんから「早くー、乾いちゃう!」と催促されるので必然的に俺の仕事量が増える。


16:40 親方が電話の為いなくなり、他の職人さんたちはコンクリを成形しているので代わりにコンクリを練る羽目に。
しっかり腰を入れて練らないとダマになって出来上がりが悪くなるらしい。なんかお菓子を作る時みたい。
いや、お菓子作りに腰を入れる事は希有だが。
今までの砂、砂利運搬に加え更にコンクリ練りの仕事が入り、俺的にピーク。でも相方は頼れない。


17:20 片付け開始。ネコや、鍬などコンクリがついたものを水洗いする。相方はネコの裏を洗うのに苦労している。
なんでひっくり返さないのかしら、と思いつつも、その程度の事気が付かない程要領が悪かった事に改めて脱帽。
また、セメントだから固まってしまうと拭いても落ちず、水を流しながらヘラでこそぎ落とす。
にも関わらず、一所懸命に雑巾で拭いている相方を見て思わず目頭が熱くなる。
どうして横で作業している俺の真似をしないんだろう。俺めっちゃガリガリとヘラでこすってるのに。


18:00 作業終了。クライアントの会社の女の人が車で迎えに来た。
会社に戻る必要は無いと言うので、初乗りが安い東横線の駅まで送らせる。
どうも、この会社が派遣屋に仕事を頼むのは初めてだったらしく、話の行きがかり上、営業までする羽目に。
駅に着き、降ろしてもらって相方と分かれる際に、いつもなら「またお会いしたら宜しく」と挨拶するのだけど、この時ばかりはそんな事を言う気にはなれず、それじゃ、と言ってその場を後にした。


 …俺さ、別にパワーキャラじゃないし、寧ろ苦手なんだけどなあ。
けれど、俺自信ついたよ。少なくとも普通に出来るし、結構なんでも出来るんじゃないか、って。
まあ、あの無能な相方−俺はこういう言い方は嫌いだと先日も書いたが、今改めて言う。それほど俺は、実は苛つき、そして憤ってすら居た−と比べてもあまり意味がないとは思うけど。

*1:猫車とも呼ばれる。語源は猫が通るような狭い所でも運搬出来るから、など諸説ある