東名高速のオービス点検

 「登山」の翌日、同じ会社に向かうと、本日の業務内容を説明された。
本日の任務は、「東名高速でのオービス点検」。
スピード違反を取り締まるカメラあるでしょう。あれの点検だ。


 車に乗り込んでまずは東名高速の某インター内の交通機動課に向かう。どうやら高速では一般車で作業することが事故の元になるので、パトカーで現地まで送迎してくれるとの事。
約束の時間より少し早く着いた俺たちは、珈琲を飲んだり煙草を吸ったりなどして暫し、時間を潰しながら注意点を聞く。
なんでも、ネジの一本でも落としたら大惨事の元になるのでくれぐれも注意し、神経を尖らせよとの事。
そらそうだ。下は100キロ程度で車が走っている訳だから、何か落とせば100キロで物がぶつかるのと同じ。場合によってはフロントガラスを砕いて運転者などに重傷を負わせる事にもなりかねない。


 時間より少し遅れて現れた交通機動課の警察官は、ガタイの良い、そしてその風体に似合わず快活に良く喋る人だった。
案内されたパトカーの中でも、彼は非常に良く喋り、俺たちを飽きさせる事は無かった。
途中、警察無線で「某で灯油を撒き火を点けると騒いでる模様、至急向かわれたし」などと入る度に一瞬、水を打ったかのように静かにはなるが、無線が切れるとまた、お喋りが始まる。
それにしても、無線の内容の血生臭さには、何処かこの長閑な雰囲気には似合わぬものがあったが。
高速を走ること暫し。作業該当箇所に近付くと減速して路肩に車を寄せ、まずは警察官が降りて安全確保をしてから俺たちを降ろし、急いで縁石の上に上がるよう指示。
俺たちが上から荷物を受け取ると、一礼してまた戻っていった。


 まずは、ポケットの中など改めて確認、落とすようなものが無いかチェックした後で、オービスの上へと上がる。
上は案外風があり、また大型トラックなどが通るとゆらりと揺れる。なので、落ちないように安全帯を付けて作業。
慎重にカメラカバーのネジを外し、中の機械のデータ送信用無線機器の動作をチェック。テスト用にフラッシュも焚く。
よく、「赤い光が光る」と言われるオービスだが、本当にあれ、赤く光るんだね。なんでも、アレは赤外線を照射して、暗闇でもより鮮明に画像を撮るためらしい。
端から蓋を開け、テストし、閉める。その繰り返しをする訳だが、そのX番目のカメラのカバーを開けると、中には何も入っていなかった。どうやら予算の都合か、ダミーも希にあるようだ。
註:どこのオービスのどのカメラがダミーかは決して教えません。あしからず。


 上から、しかも割と近距離で、高速で走行する車両を見続けるなどというのはあまり経験にない。
良く見ていると、結構、タチの悪い運転をする人って多いモノで。
大きなトラックが走行路線を走る小さな車の数メートル後をぴたりとついて煽っていたり、180キロくらいで突っ走る外車がいたり。
ちなみにその外車が走っていたレーンのカメラを点検していたため、ちょうど撮影する事が出来なかった。社員も、「点検が終わってから来てくれれば、良いテストになったのに」とこぼしていた。


 全てのカメラをチェックし、先ほどの警官に連絡を付けて迎えに来て貰う。
30分ほどして、赤色灯を光らせながらパトカーがやってきた。
急いで荷物を車に積み込み、後部座席に腰を下ろすと、警官は「では行きますね」と言うや否や、フルアクセルで法定速度まで一気にスピードを引き上げた。
流石、特殊車両。己にかかるG、そして唸る音からも、相当の馬力のある車である事を暗に示している。
面白いのは、こちらが赤色灯を回しているためにそばを走る車が一律、こちらを追い越そうとしない。いや俺だって逆の立場ならそうするけどね。
また、血生臭い警察無線と警官の軽快なお喋りをBGMに走ること暫し、もとのインターチェンジに戻る。


 東名を戻り、町田から国道16号を経て首都高に乗り、次に目指すは見慣れた街、関内。
そこにある神奈川県警本部が次の任務の場所。
受付の綺麗なお姉さん−余談だが彼女達は婦警なのか、それともタダの派遣なのだろうか−に受付をしてもらい、そのまま中の食堂で飯を食う。
新しい建物なので小綺麗で、窓からは横浜港、赤煉瓦倉庫が一望出来るなかなかのロケーション。ご飯も格安。
食後、喫煙所で警官達に混ざって珈琲を片手に煙草を一服。然る後に任務開始。


 とあるフロアにやってくると、会社別にPCが3台置かれた小さな小部屋があった。
そこには、先ほどのカメラからリアルタイムで画像データが送られてくる。
今度の任務は、そのPCのメンテと先ほどのカメラのテスト。とはいえ、PCは今の派遣先の会社のもの以外は触らない。
余談だが、一部業者に偏らないためだとか、或いは顔を立てると言う意味でPCなど会社を幾つか変えているとの事だ。
まあ偏らない、などと言っても御用達とされるのは大体決まっていて、電気機器ならNとかFとかMとかHなんだけどね。
そこで、動作チェックとしてカメラが捉えた違反者のデータを閲覧する。
俺はスピード違反で捕まった事はないが、思いの外鮮明に映っている。驚いたのは、ワンクリックで運転者の顔やナンバーをより鮮明にしたり、拡大出来るようにしてあったこと。
画像編集ソフトなどを使った事がある人は分かるだろうが、普通は範囲を選択して、それをシャープにしたりコントラストをいじる訳だが、それに加え印刷も自動で行われる。
カメラが違反者を捉え、写真を撮ると即座に転送し、上記の作業を行うのだ。そして、出てきた写真を集めてナンバーから所有者を照会し、送ると言う事らしい。
その印刷された写真も幾つか見たが、運転中て結構皆、間抜けな面してんのな。
ある人は口を半開きにしたまま、ある人は鼻くそほじったまま。それが計測されたスピードと共に写真になっている。
「これ、あなたですね?」と鼻くそほじってる写真見せられるのって、ちょっとした拷問だね。


 該当機種のメンテナンスと先ほどのカメラの送受信テスト、それにサービスの掃除を終え、車にまた戻る。
正直、これで今日の任務終わりならここで帰してくれと思いはしたが、荷物は会社に置いてあるので渋々、また会社に戻る。
道中、俺の今の生業の事を訊かれたのでありのままに話す。
すると、「実は6月くらいから1年くらい、夜勤で新幹線の仕事があるんだが来ないか」と誘われる。
正社員という契約ではなく、あくまでも派遣を間に通してというものらしい。しかもその間家には戻れない。
申し出はありがたいが、1年夜勤+その後の保証なし+半ば軟禁というのはねえ・・。しかも給与も美味しさを感じず。
その場では取りあえず考えておきます、とお茶を濁したが、これはチャンスなのだろうか。
どう考えても俺にはそうは思えないまま、会社に着き、そして家路についたのだった。