某大型ショッピングモールでの福引き抽選会

今回の任務は、横浜郊外にある大型ショッピングモールで行われる抽選会−所謂、福引き−会場での任務。
週末三連なので人は多そうだが、前回別の会場で仕事したスタッフによれば休憩もしっかりとあり、俺のように人と接するのが好きなら楽しく勤まるだろう、との事だ。
そうか、それなら楽勝だな。
朝、クライアントと顔合わせした時に抱いた、担当者の「しっかりした感」も相俟って、そんなことを思っていたのだが、後になるほどそれは甘かった事を知る。


 朝のミーティングで各自が為すべき事を確認し、準備態勢に入る。
抽選会は12時丁度からのスタートにも関わらず、まだ一時間近く余裕のあるミーティング終了直後から客の問い合わせが多い。
対応の練習としてロールプレイをしていても幾度と無く中断を余儀無くされる。
最後の確認を終え、トイレなどを済ませていよいよ臨戦態勢突入。


 −初日、12時−。
金曜日と平日であるにも関わらず、長蛇の列。およそ200人近い人が既に長蛇の列を成している。
初めの初めだから混むのはまあ、予想範囲内。暫くすれば波は落ち着いて来るだろう。
空気が乾いているのと声を出しているせいで喉に乾きを覚えているものの、まだ余力充分。


 −初日、午後三時−。
本来、この辺りで一度波は落ち着くだろうと予想していたが、現実は往々にして予想範囲を超えて行くものだ。
列は落ち着くどころかむしろ長くなっているのを、景品の補充時に確認。
朝食ったきりでそろそろ腹は減ったが、今誰も抜けられるような状態でもない。腹が減っているのはスタッフ、社員、そしてショッピングモールの社員、全て条件は等しい。


 −初日、午後6時30分−。
例え忙しかろうと出物腫れ物所嫌わず。出るものは出る。
ここに来て漸くトイレ休憩を取り、その序でに水を買い、一気に飲み干す。
酷使した上に乾いた喉が流石に痛みを発し始めていたので、水分補給はありがたい。
飲み干した所で、急に体から汗が出てくる。飲み物飲んだら一緒に煙草でも、と言いたい所だが、そんな暇は無いので即刻戻る。
戻りしなに列をちゃんと確認したところ、少なくとも朝より長い状態を維持し続けている。人数としては350人程度か。


 −初日、午後8時−。
モールの閉店時刻。並んでいるお客さんを全て抽選させた所で、俺たちも片づけと明日の準備を始める。若干の残業。
なんでも、この状態は俺たちの派遣先であるイベント会社、そして発注元であるモール側、全ての想像の埒外にあったと言う事で、翌日は土曜である事も鑑み人数の補強、及び抽選器を倍に増やしての迎撃体制を敷く。
ディレクターも俺たちに対し「ご飯食べさせる事も出来なくてごめん」と申し訳なさそうに謝罪してきたので、俺も「いえ、イベントは水物ですし、こういった事態もあることは知っておりますから」と答える。
「ごめんね、でも明日は聞いての通りだし、休憩も多めに取らせる事が出来るだろうから」
「そうあって欲しいとは思ってます」と苦笑しつつ、礼をして1時間半の帰途に就く。
9時間近く、純粋に立ちっぱなしなので足が痛い。
てか同じ横浜市内なのになんでこんな時間掛かるんだ。90分あれば普通に羽田から千歳行けるぞ?


 −二日目、午前10時半−。
スタッフの半分が昨日と変わっているので、一日目で殆どの業務を把握した俺たちがコーチ役となってスタッフに業務説明、及びロールプレイを行い、用意を調える。
なるほど、今日は抽選器も倍、そしてモール側からの増援も確認出来た。
昨日より若干来客数が増えたとて、こっちは倍。しかも段取りは把握している。
上手く行けば余裕を持って回せるだろう。
そう思って準備を整え終わり、ふと後を見れば11時時点で既に並びが出来ている。一部の客は「もっと早く開始しないとダメじゃない」と良く分からないクレームを発している。


 −二日目、午後1時−。
隣の抽選器で対応に当たっていた女性ADが突然、顔を片手で抑えつつお客に接している。
横目でどうしたのかと見ると、手が血に塗れている。
俺の客を対応した後ですぐ、対応を代わり後に下がらせる。
後で話を聞いた所によると、のぼせてしまって鼻血が出たらしい。恐るべし抽選会。


 −二日目、午後5時−。
事実というものは往々にして(以下省略)。
今日もまだ飯を食えていない。空腹で少し胃が痛い。
ただこの時間になって漸く、10分程度の休憩が貰えた。いつもなら珈琲を飲むところだが、水分補給の為にスポーツドリンクを飲み、煙草を吸う。
バックヤードに行く際に確認した、「スタッフも抽選器も倍なのに並んでいる人は更に倍」という事実が軽い眩暈を誘う。


 −二日目、午後8時近く−。
あれほど並んでいた人も閉店近くになると諦めて帰る人も多い。
と、言う事はだ。明日日曜の最終日、彼ら彼女らが最後のチャンスと殺到する訳だ。
タダでさえ日曜。暇を持て余した人々が多く訪れてくる。
俺の明日は果たしてどっちだ。
本当の意味で休む間もなく使い続けた、足と喉が痛みと熱を帯びている。


 −三日目、午前11時半−。
常に俺たちの予想の斜め上を行く来客達に対応し、予定より30分早く抽選を開始する。ま、段取り自体は熟知している。
一人に費やす時間自体も、初日とは比べものにならないほど短縮出来ている。回転数はこなせる。あとは体力とモチベーションの問題だ。
昨日から痛み始めた胃が違和感を唱え続けているのが気になるが。


 −三日目、午後1時−。
胃の痛みが強まる。空腹で胃酸過多になり、胃壁だか十二指腸だかがまたやられたか。


 −三日目、午後3時−。
最終日にして漸く、普通の時間に20分の休憩を貰う。
空腹で体力を消耗する事を恐れ、予め買っておいたカロリーメイトを紅茶で流し込む。
胃の痛みは治まらず。だが時間としては折り返し地点、余裕よ。
まあ並びが更に昨日の1.5倍、初日と比べれば実に3倍を維持し続けている事を無視すれば、だが。


 −三日目、午後8時近く−。
普通なら閉店間近であるにもかかわらず、初日程度の並びが依然としてあり続けている。残業確定。


 −三日目、午後8時40分−。
意外にもこの程度のオーバーで全客の対応を終了。
若干のミーティングを経て、撤収準備。
全てを終わらせて店舗から出たのは夜10時近くになっていた。
ディレクターやADの女性の顔にも流石に疲労と安堵の様子が見える。
彼らにお疲れ様でした、と挨拶をすると、結局休憩なども満足に取れず申し訳なかった、だが非常によくやって頂いたので、来週もまたお願いしたい、と言われる。
…え? 来週も? ここで?
それまでに胃が回復してくれるのだろうか。


 全日程を通して色々と見えた事。
まず、俺の台の回転数は3500回転/8H、それが8台。
全部で28000回転。平均回転数を一人あたり6とすれば−これは台紙一枚全てを埋めた数。金額にして3万−、大凡4500人近い人が一日で抽選を受けた事になる。
全日程でおよそ、1万以上の人が福引きに来たと予想している。
普通、どんなイベントでも緩急の波というものはあるものだけれど、今回の現場に於いては「急」しか無かった。
福引きは言わば健全なギャンブルだと俺は思っているのだが、人ってギャンブル好きなのね。俺全く人のこと言えないけど。
いわゆる普通のガラポンと呼ばれる福引き機なので、回転数/時間を稼げないが、もしコンピューターなどを使った方法ならもっと多くの人が受けただろう。
事実、その並びの時間の長さに辟易して諦める客も実に多かった。
中には70回、金額にして35万以上も回す客も居る一方でたった一回を回す為に一時間以上も並ぶ客もいた。
そして、それだけ多く回しても色の付いた当たり玉は出ず、参加賞のうまい棒70本を袋に詰めて帰る客の横で、一発で1等を引く客がいる。運ってのは万人に皮肉だな。
あと因みに、どの台も同確率で当たりが出るなんてのは幻想です。覚えておくように。