寿司宅配

Wacrema2009-04-27



 このひと月程限定で、関内、山手地域を中心に寿司配達の仕事をしていた。
最初この話を受けた時の印象は「そんなことまで派遣であるのか」と言う軽い驚きであったが、学生の時に少しやっていた事や、基本はバイクで走るだけと言う楽しさもあり、承諾する。


 横浜山手と言うと、如何にもセレブの街と言う印象が強いし、本牧、元町あたりもこ洒落た街という感じを抱く。
しかし、走れば走る程、そうしたイメージとのギャップが大きい街だと思い知らされる。
まあ本来、根岸、磯子あたりまで伸ばす予定だったみなとみらい線を、「うるさくなる」と言う理由で圧力をかけ中華街で止めてしまうような人達(そう言えば経団連の会長の家もあったはず)が住む所だし、セレブと言うイメージは間違ってはいない。
けれど、山手と言う街はほんと山なんですわ。
しかもタチが悪い事に一方通行や人しか行けない道が多い。
地図上では行けるように見えても、断崖絶壁を階段で上下するところも多い。ましてや、どうやって家を建てたのか分からないような所にまでひっそりと集落があったりする。
そう。俺は今、集落と言う単語を用いたが、イメージとしては山あいの小さな集落そのままだ。
そう言う所が、大きな通りから原付で僅か20分程度走るだけで眼前に現れるのだ。
しかも、見上げれば高級マンションが山頂にそびえていたりする。


 また、別の地域は未だ尚、昭和の香りを色濃く残している。
木造平屋の家が建ち並び、電柱も木製。錆が浮いたトタン屋根や看板。場所によっては路面の舗装すらない。
ここは本当に横浜で、今は平成なんだろうかと、あたかもタイムスリップをしたかのような感覚を覚える。
まあもっとも、レトロフェチである俺からすれば心躍るような場所なんですがね。


 配達というと大抵は個人宅へのお届けになるのだが、希に興味深いところからも依頼が来たりする。
一度、某地区にある基地までのお届けというものがあった。
配達伝票を見て変わったお名前だな、と言う思いを抱きつ、春の陽気に誘われてにぎわう横浜の有名なデートスポットを幾つか走り抜けると、突然の通行規制。
その日は、Y150開港博のプレイベントで大きな蜘蛛のロボットがパレードをすることになっており、その所為で周辺は道路が封鎖されていた。
とはいえ、一部の車両は警官に話を通す事で通行出来るようなので、俺もお届け物があると話し、通して貰う事に成功。
目標地点に到達し、大きなフェンスを通って受付。
「某さんにお届けものなんですが、どちらに行けばよろしいでしょう」と言うと警備員に人は「あーこれ人名じゃないよ。船だ。」
人名じゃなくて船名。変わってるはずだよ。
教えて貰った通りに寿司を持ちながらとことこと護岸を歩く。やがて奥の方に「某」と書かれた護衛艦みたいなのが。これか。
…やー、これピンポンないんですが。
2秒ほど思案し、連絡先に電話を入れると「あーこっちですー!」と船から声が。
まさかこんな船の上で寿司をお渡しするとは思わなかったぜ。
船からの戻りしな、対岸に目を向けると件の蜘蛛ロボットがコンテナに足をかけて休んでいる。
これはここからしか見えない光景だ。仕事中とはいえ、写真を一枚とる。
基地を出てバイクを止めてあるところまで歩いていると、ウチの会社のスタッフ達と出会う。
実は、俺も前日蜘蛛のイベントのスタッフとして従事していたのだ(前回の日記参照)。
「いよっす」「何やってんすか、なんでこっちじゃないんすか」などと挨拶をし、参考のために当日の予定などを訊いて帰投。


 もちろん、楽しい事ばかりではなく、ヤクザに怒られてみたりとか(でも、それはそれで勉強になったから有り難いとも思っている)、急勾配の細道をおっかなびっくり行ってたら急に前が階段になったので転回しようとしたが出来ず、バイクと配達物の重さでバイクをバックさせる事も難しく、「俺終了のおしらせ」というフレーズが頭をよぎったり(なんとか背で押し上げて事なきは得た)、と面倒な事もいろいろあるんだけどね。
でも、清々しい晴れ間の下、海沿いを走ったりするのは本当に気持ち良いし、古い建築物や曰くありげな碑などを見つけるとうずうずしてしまう。
単なる仕事、というだけではなく、その中に楽しみを見いだすとなんでも興味深くなるものだが、この配達などは特にそれが強いなと思った。