同志社出の、違法タクシー運転手

 今日はちょっと思い立った事があって、いつもとは逆の、大船という所でスロを打ってみる事にした。
調査と様子見の積もりが何時の間にやら負けが嵩み、それでも残った幾らかのメダルを換金して、ちょっとコンビニで買い物と立ち読みしてから電車に乗ろうと思っていた。


 いつも帰ってくる時は下り電車なので、当然終電も遅い。その事を計算に入れていなかった。
余裕を持った筈が、上りの終電は既に出た後。下りの最終と一時間近い差がある。
呑気にホームに降り立てば、そこは既に無人。このころになって漸く、臍(ほぞ)を噬む。


 もー、と不貞腐れながら改札を出て、これからどうしよう、と思っていた所に一人の男が近寄ってきた。
横浜方面、居ない?と構内に居る人達に声を掛けている。所謂白タク(違法タクシー)という奴だ。
参考までに値段を聞いたら、6000円で行くと言う。
今日は負けてるし、俺の粗忽に6千円は払ってられない。
ちょっと高いなあ、という顔をして、其処までは出せないというと、値段の交渉に入った。
その男は、桜木町まで戻らなければならないから安くしても良いと言い、4000円まで値段を下げた。
俺は、いや、3千円しか持ってないから、と言うと、分かった、その値段で行くから乗れという事に成った。


 ファミレスで始発を待つにしても、漫画喫茶で夜を過ごすにしても、3千円程度は飛んでしまうだろう。
その値段で帰れるのなら好都合、と、すんません、何か申し訳ない、等と言いつつ心の底では親指を立てる。
白タクなんて乗るのは初めてだったが、ごく普通の乗用車だった。
鎌倉街道を抜けて、横浜方面へと疾走する。


 この中年の運転手は結構おしゃべり好きなようで、四六時中口が動いている。
俺も安くして貰った手前、黙りを決め込む訳にも行かず、それに負けない位のトークを展開する羽目になった。
その途中で学校名を聞かれ、いや、もう大学は出ました、故あって名古屋の方で、と答えると、珍しい、地元こっちだろ、と言われる。
ええ、そうなんですけどね、とお茶を濁そうとしていたら、その運転手は、俺ね、同志社だったんだよ、とぽつりと言った。
同志社、って今出川のですよね、と訊くと、そうそう、良く知ってるねえ、こっちじゃあまりメジャーじゃなくってな、とちょっとだけ不満そうに語った。


 彼が何故、白タクなんてやっているかは知らないし、詮索するつもりも無い。
けれど、同志社出て、違法タクシーの運転手をして日銭を稼いでいるというのを見て、色々な人生があるものだなと思った。
関西の方では相応に名前の知られた大学ではあるし、昔なら尚一層の事、大学名だけで会社の採用が決まっていただろう。
にも関わらず違法タクシー。まあ、小バクチ打って小銭稼ぎをしている俺が言えた義理じゃ無いんだけど。
でもやっぱり、人生って色々あるものだ。つくづくそう思った。
ま、型通りの、所謂普通と言われるようなものだけが人生ではない。そもそも普通と言ったって、些細な所ではそれぞれで違うものだし。
普通であるという事は、俺にとっては同時に望ましい事でもあるのだけどね。