週刊文春問題と「プライバシーと表現の自由」

 もう諸君ご存じと思うが、今月の17日に発売された週刊文春(25日号)に、田中真紀子元外相の長女の私生活に関する記事が掲載されていることをめぐり、東京地裁がこの号の出版を禁止する仮処分命令を出した。
元々、この仮処分命令は、田中真紀子の長女が申請したもので、更にこの後、その長女と元旦那が18日までに「出版禁止に従わず販売を続けている」として、文春に制裁金の支払いを求める「間接強制」を東京地裁に新たに申し立てた。請求額は販売を止めるまで一日辺り3千万円。
ちなみに、皮肉にも、この「発禁騒動」を受けて、文春の売り上げは急増したらしい。


 この話は、「プライバシーと表現の自由」という、相反する矛盾を抱えた重要な問題の振りをしながら、内実どうしようもない、グダグダな展開を見せている。
この記事を俺も読んだのだけど、本当に大した事書いて無い。
正直、一私人の離婚がどうのなんて話は、スロ屋の床に落ちているメダル一枚よりも価値が無い。
まだ、同誌に載っていた「アメリカ本土で狂牛病患者?」て記事の方が興味深いわ。
つうか一言で言えば「バカばっか」。


 この問題は、まず週刊文春側が、表現の自由を盾に、愚にも付かないような事を書いた点に問題がある。
田中真紀子は公人だが、その娘は私人であって、徒にそのプライバシーを暴いて良いものではない。
極端な例えで言えば、読者諸君が恋人に振られた事を全国紙で堂々と掲載されるようなものである。
そんな事されたら凹むし、キレるわな。「何の権利があってこんな事すんねん!」てな。


 そう、ここで文春側は権利として「表現の自由」を持ち出すのである。
しかし、この言葉は何にでも使える魔法の言葉などではなく、常に表現する責任と覚悟を自覚しなければならないと言う諸刃の剣なのである。
例えば、通りすがりの人間に「死ね」だの「莫迦」だのと言ったらどうなるか。
ま、タコ殴りにされるか、或いは可哀相な目で見られるか、或いは警察に突き出されるか。何れにしても良い結果は生まれては来まい。
その、悪い結果も享受しなければならないのが責任である。だからこそ、言葉には気を遣わなければならない。


 マスメディアはおろか、俺達一個人の間にも、「何を言っても良い、何を言っても許される自由」などと言うものは存在せず、自分でその言質に責任を持って初めて、表現の自由は生まれるのだ。
文春は何をどう勘違いしたのか、自分たちは何を書いても許されると思ってこんなしょうもない事書いたのだろうが、それはマスメディアに携わっていると言う傲慢以外の何者でもないだろう。
否、文春だけに限らない。多かれ少なかれ、マスコミという所はそんな体質に染まっている。
それは書店に並ぶ様々な週刊誌の殆どが、愚にも付かない、メダル一枚の価値すらないような事を書き連ねている事からも容易に想像出来る。


 その一方で、差し止めを決定した東京地裁の即断にも問題がある。
まだ、この差し止めが平均的な時間経過で行われたのなら話は別だったのだが、これ、田中真紀子の娘だからこんな速攻になったんだろ。
例えば俺が、そんな目に遭って請求したとしても、こんな早くには通らなかっただろう。
と、言う事は、司法があっさりと政治権力に膝を屈した事になる。
司法、行政、立法はそれぞれ独立したもので、それぞれがそれぞれに対し牽制をしつつも、言いなりにはならない事が重要であるのだ。
それであって初めて、三権分立は成立する。筈なのにこのザマよ。


 また、場合によってはこの事で、重要な公人の醜聞の類も書けなくなってしまうかも知れない事に問題がある。
ま、つまりは報道の規制という問題にブチ当たる可能性が出てくるのだ。
事実、各新聞社の社説などではこの辺りを焦点としている。


 肝心な事は、どちらが重要と言う事ではなく、どちらの事も重要な事で、一方ばかりを重視したりしてはならないと言う事だ。
驕って好き勝手な事書いて、訴えられたら文句垂れると言うのは自分勝手で頭の悪い子のする事だし、地方で大きな影響力のある政治家がらみの案件だからと言って素直にハイハイ言う事聞いてる司法など、正直要らん。
メディアに携わるものは傲慢になるのではなく、誇りを持って取材し、記事にするべきだし。
司法に携わるものは政治家に尻尾など振らず、法に基づいて判断し、そして遂行する者であるという矜持をこそ胸に抱くべきだ。
俺の言ってる事、ただの綺麗事で理想論かも知れない。
でも、基本だろう? 基本すら出来ないような奴に椅子渡したら駄目だって。


 そして翻って、俺達自身も表現の自由と言う事を、考える必要がある。
否、本当はいつも考える必要があるのだけれども、人間て忘れやすいから。
だから、こうした契機を利用して、その都度ちゃんと考えて、そして胸に刻んでおく必要がある。
俺達は、つい相手の事も考えず、迂闊な言葉を発してはいないだろうか。
俺達は、つい自分の欲ばかり優先させて、相手の事を詮索し過ぎてはいないだろうか。
そんな事を、ちゃんと考えて、胸に刻んであるのなら更に濃く、上書きしておく必要がある。


追記
この記事、ネットにスキャンされたのが落ちてたので興味ある人は見てみて。
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…うん。改めて、どうでも良いつうか、しょうもない記事であるな。